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山①その名はフジヤマ [a landscape]

 

♪ 君慕い 歌うよ フジヤマ
  おまえは愛 おまえは心
  そのすがた すべてを 奪うよ
  それはフジヤマ わがあこがれ
  
  セ・ジャマ フジヤマ
  月も星も 君のため
  セ・ジャマ・フジヤマ
  昼も夜も 君のため
(「その名はフジヤマ」詞:みナみカズみ、曲:C.NAVARO、歌:アントニオ古賀、昭和36年)

日本の山といえば「フジヤマ」つまり富士山(ふじさん)。
静岡県と山梨県にまたがり3776mの日本最高峰であることは子供でも知っている。
登山書の名著といわれる『日本百名山』(深田久弥)では、こう書かれている。

「というより、国民的な山なのである。日本人は子供の時から富士の歌をうたい、富士の絵を描いて育つ。自分の土地のいちばんいい山を指して何々富士と名づける。最も美しいもの、最も気高いもの、最も神聖なものの普遍的な典型として、いつもあげられるのは不二の高根であった」

今でもそうなのだろうか。とくに子供たちはいまでも富士を歌い、描いているのだろうか。

年間20万人あまりの人々が山頂を目指すという富士山。
わたしの知り合いの農家のおばさんも登ったし、20歳のロッケンローラーも山頂に立った。富士山へは登山者や広く山を愛する人々ばかりでなく、“普通の人々”も登る。彼らにとって富士登山は「死ぬまでにやっておくべきこと」であり、願いを託す“荒行”なのである。すなわち、フジヤマは霊山なのである。

北は北海道利尻島の利尻山が「利尻富士」とよばれたり、青森県の岩木山が「津軽富士」と称されるように、深田久弥氏が言うように、日本全国に富士と名の付く、あるいは別称をもつ山が300以上あるそうだ。“同姓同名”つまり、「富士山」という山でさえ、16ある。そのうち最高峰に次いで高い山は栃木県塩原にある「富士山」で1184m。ただし呼び方は「フジヤマ」。

子供の頃に口ずさんだ富士山の歌が3つある。まずは学校で習った、
♪ 頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろして
という文部省唱歌の「富士山」。2つ目が
♪ 富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 「お座敷小唄」松尾和子&和田弘とマヒナスタース

そして3つ目が上に載せた「その名はフジヤマ」
「フジサンじゃないじゃないか」というなかれ。これは外国人が作った歌で、彼らは「フジヤマ」あるいは「マウントフジ」というのだ。

その作者、チューチョ・ナヴァーロはメキシコのトリオ、トリオ・ロス・パンチョスの一員。パンチョスが初来日したのは昭和34年。それからしばらくは毎年のように日本でコンサートをひらくようになった。レコードは昭和28年から発売され、当時のラテンブームの一翼を担った。また、歌謡曲にも大きな影響を及ぼし、いわゆる「ムード歌謡」が誕生するきっかけにもなった。

彼らのヒット曲としては「ある恋の物語」や「ベサメ・ムーチョ」が知られているが、コンサートでは日本人受けを狙って「さくらさくら」や当時のヒット曲、守屋浩「僕は泣いちっち」なども歌われた。

「その名はフジヤマ」は、日本のファンへの“贈り物”ということだろう。
もちろん彼ら自身も持ち歌としていたのだが、日本ではアントニオ古賀が歌った。

アントニオ古賀は、ギタリストでありシンガー。古賀政男の弟子で「その名はフジヤマ」のほかに「バルセロナの疾風」などを歌っている。昭和46年には「コーヒー・ルンバ」の曲にのせて大衆薬の名前を連ねた「クスリ・ルンバ」をヒットさせた。

作詞のみナみカズみは、その後の安井かずみ
岩谷時子とともに、日本の女性作詞家の草分け的存在。
「G・Iブルース」(坂本九)、「わたしの城下町」(小柳ルミ子)、「危険な二人」(沢田研二)など訳詞も含め3000曲以上を書いた。
平成6年病死。55歳という若さだった。

そのほかの「富士山」の歌。
唱歌では逗子開成高校生徒の海難を歌った「真白き富士の嶺」
演歌、とりわけ股旅ものに似合うようで、「次郎長富士」(北島三郎)、「喧嘩富士」(橋幸夫)があり、三波春夫には「富士山」がある。

比較的新しいところでは、♪高いぞ偉いぞ フジサン と絶叫する電気グルーヴ「Fuji-san」。インストだがピラニアンズのアルバム「富士さんリバーブ」が。
また、洋楽ではワンダ・ジャクソン「フジヤマ・ママ」。日本では雪村いずみ、弘田三枝子、沢たまきらがカヴァー。

戦前につくられた「愛国の花」(渡辺はま子)や「東京音頭」にも出てくるし、昭和20年代では三木鶏郎「僕は特急の機関士で」にも。
昭和30年代では舟木一夫、本間千代子、コロムビア・ローズⅡ&高橋元太郎「夢のハワイで盆踊り」に。また40年代では三上寛「五所川原の日々」に“レストラン富士”が出てくる。
そんなのでいいのなら、チャラにも「夢見る富士額」があった。

ところで日本の最高峰は富士山だが、“最低峰”は?
大阪にある天保山で、なんと標高約4.5m。
「オレん家より低いじゃん」というなかれ。日本国土地理院の発行する地図にはたしかに山として載っている。
東京でいちばん低いのは、昔NHK放送局があった愛宕山で標高26m。
上野の山や浅草の金龍山は標高8mだが、こちらは山として登録されていない。
また、最近の報道によると、東京で二番目に低いとされている北区の飛鳥山が、再計測をし、東京一低い山の“タイトル奪取”に燃えているとか。

でも大阪の天保山より低い山を知っている。
東京は荒川区武蔵川部屋にある「雅山」。“標高”2mに満たない。
ちなみに、今月11日の日曜日から始まる大相撲11月場所の幕の内に「山」がつく関取は雅山ひとりしかいない。
昔は双葉山から始まって、大内山、千代ノ山、佐田の山、豊山と名力士がいたんだけどな……。あの力道山だってそうだったものね。          

 

 


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pafu

まだ登っていないんですよね。
5合目までは車で連れてってもらって行ったことがあります。
by pafu (2007-11-10 07:59) 

MOMO

いやあ、実はわたしも登ってないんです。

5合目どころか、登ろうと思ったことすらないんです。
せめて麓まで行って雄姿を見てみようかな。
by MOMO (2007-11-10 21:41) 

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