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冬の歌●70年代ニューミュージック [story]

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やっぱり日本にはめりはりのきいた四季がありますので、この時期「冬の歌」を聴いてみたいとおもいます。

洋楽から、日本のポップス、歌謡曲、演歌とジャンルはいろいろありますが、今回は70年代のニューミュージックから三曲を。
いずれも70年代前半につくられた曲で、ふりかえれば40年も昔の歌どもです。

当時、自分はなにをしていたのかな。
あちこちフラフラしていたなぁ。いまだってそうか。
しかし、誰でもそうでしょうが、現在の自分のありようなんて、二十歳そこそこの若造には想像すらできっこないですよね。

さ、たそがれていないで、本題の歌を。

まずは「雪」

1972年のヒット曲。ごぞんじのとおり、吉田拓郎の作詞作曲。
なんでも、拓郎の実体験からつくられたという話。
拓郎に「お帰り、坊や」って“言った”のはローカル局のアナウンサーだったとか。

猫は、拓郎のバックバンドをやっていたグループで、いってみれば日本のバーズってとこ。
ただ、もともとはザ・リガニーズの残党で、デビューは拓郎より早い。

2曲目はふきのとう「白い冬」
ふきのとうは北海道出身の男性デュオで、「白い冬」は1974年のメジャーデビュー曲。

日本のS&Gといったらいいすぎですが、今ならゆずやポルノグラフィティとか男性デュオはめずらしくないけど、ふきのとうはそのさきがけ的存在。
少し前のデビューに「クレープ」がいますが、狩人やCHAGE&ASKAよりは古い。もっとも60年代には「ペアスカンク」なんてのもいましたが。

名曲で、坂本冬美や石川ひとみもカヴァーしています。

最後はNSP「雨は似合わない」
これも1974年の曲です。

ヒット曲「夕暮れ時はさびしそう」の次につくられました。
NSPのほとんどの曲は天野滋の手によるものですが、この叙情曲も天野ワールド全開。

天野滋は2005年に亡くなりましたが、ピックアップしたyou-tubeでは、仲の良かったふきのとうの細坪基佳が“天野役”を演じています。


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UNDER YOUR SPELL AGAIN② [story]

中華街9.jpg

真次くんからの突然の手紙。そりゃあもうびっくりしたね、彼女。はじめは誰かの悪戯かと思ったらしい。そっちのほうが突拍子もないことだけど。

で、その手紙には2年前に仮出所したこと、それまでの生活を清算するためにS市から離れたこと。そして保護司のすすめでこのF市で暮らしはじめ、現在隣町の印刷工場ではたらいていることなんかが綴られていたそうな。
そして、2週間前の日曜日、F駅の前で偶然恵子さんを見かけ、声をかけようと思ったがなぜか躊躇われ、後をつけてこのアパートを知ったと書いてあり、ぜひ会いたいからって、場所と日時を添えてあったとさ。

〈ウソだわ。ウソよ。ウソに決まってる。そんな偶然なんかあるはずないもの。でも、何で、何でここがわかったの……なんで……〉

かつての恋人同士が別れ、お互いに新しい世界を求めてそれまで住んでいた街を出る。そしてなかば恣意的にたどり着いた“新天地”が同じだったなんて。たしかに不自然っていえばそうかもね。彼女の疑う気持ちわかるよ。

手紙を読み終えて恵子さん呆然。しばらくして突然手紙を引きちぎり、近所迷惑顧みず泣き喚いたね。そりゃそうだよね、ストーキングされているんじゃないかという不安、また以前の辛い生活に引き戻されるんじゃないかという恐怖。まるで蜘蛛の糸に絡めとられた虫のような絶望感でとり乱したんだと思うね。

2度目の“遁走”も考えたけど、4年前の若さはなかった。やっと慣れた街、生活と一体となった仕事。また人生を白紙に戻す気力も体力もないって。……当然だよ。

しかし、わからないもんだ。女、いや人間の考えってヤツは。手紙を受け取ってから2日、3日と時間が経つにつれて、恐怖感が薄らいでいく。それと同時に懐かしい幸せだった日々が甦ってくる。かなり美化されたりして。そしてしまいには、

〈そういえば、真ちゃんが手紙を書いたなんて見たこともないし聞いたこともないわ。もし、本当にわたしを昔の暮らしに引き戻そうとしているのなら、そんならしくない方法をとるかしら……。いきなり現われてわたしを捕まえてしまえばすむことじゃない。真ちゃんもためらっているんだ。以前の真ちゃんじゃない……。刑務所で辛い思いをしたんだ、きっと……〉

オイ、オイ。なんでそんなに簡単に考えを変えちゃうかね。ブレるかね。おまえさんには信念ってものがないのかね。まぁ、信念必ずしも平和をもたらさずだけど。なまじの信念があったばかりに不幸になったり、優柔不断のおかげで災難から免れたりってこともあるこたぁあるからね。だから一概には言えないんだけど。

まぁ、自分の気が済むように会ってきなよ。
4年という時間がどれだけあんたを成長させているか、真次くんがどれだけ変わったのか、自分の目で確かめてきなさいって。

そして日曜日の午後。恵子さん時間どおり約束の喫茶店のドアを開けたね。
一見クールを装ったその顔。でも、ボクボクという爆発しそうな心臓の鼓動が聞こえてきますよ。

ボックスはほぼ満席だったけど、奥の窓側の席に彼が座っているのをすぐに見つけた。
その第一インパクト。
〈痩せた……。精悍になってる……。カッコいい……〉

「よお。……来てくれると思ってたよ。まぁ座れよ」
〈笑顔が変わらない……。いえ、まえよりステキかも……〉
「なにか頼めよ。ジンジャエール? それともコーラ? そう、じゃコーラね」
〈わたしがコーヒー飲まないこと覚えてくれてたんだ。ウレシイ。困った、涙が出そう……〉

「相変わらず無口だナ。……ちょっと太った?」
〈ヒドイ。なんで久しぶりに会ってそんなこと言うのよ。4日間で痩せるなんてとてもできないもん。でも、その言い方、ちっとも昔と変わらない〉

「やっと笑ってくれたナ。来たときからずっとコワイ顔してたから……でもよかった。……知ってると思うけどオレもいろいろあってナ。おまえ、いやアンタだっていろいろあったんだろ?」
〈いいよ、おまえで。アンタなんて言わないでよ、悲しくなるから〉

「まぁ、いいさ。手紙にも少し書いといたけど、真面目にやってんだ、オレ。でもまさか、この街で会えるなんてナ。こんな偶然あんだナ。奇跡だよナ」
〈ウソばっか。どうやって見つけたのよ、わたしのこと。きっと誰かから聞いたんだ……〉

「で、いまどうなんだよ?」
〈えっ? 何のこと?〉
「黙ってないで正直に言ってくれよ。4年も別々だったんだからどんなことがあったって不思議じゃないしナ……」
「何のこと?……」
「何のことって、その、誰か付き合ってるヤツいるんだろ?」
「…………いない。そんな人……」
〈バカ、バカ……なんでいるっていわないのよ。なんで正直に言っちゃうの〉
「ほんとに? そうか……。ずっと? 4年間? なんで?」
〈なんでって……。なんでって……。わかんないよそんなこと……〉

「ま、いいや……。少しは期待してたんだ。いや、そうであってほしいって思ってたんだけど、そうだったんだ……」
〈あの嬉しそうな顔。ほんとに喜んでくれるのね? ほんとにわたしがずっとひとりでいたことが嬉しいのね? ……ダメ。だまされちゃダメ。あの時にはもう戻りたくないし……、絶対に戻りたくないし……、死んでもイヤ……〉

「なに泣いてんだよ。やめろよ。オレが泣かしてるみたいじゃないか」
〈そうよ……、あんたが泣かしてるのよ。ウェー…………、あんたなんか嫌いよ……。
真ちゃんなんて大嫌いよ……。ウウウェー……〉

「やめろって。泣くなって。……頼むから泣かないでくれよ。……えっ? なんだって?」
「…………いるの?」
「ああ、オレに彼女がいるのかって?」
〈なに訊いてるの、わたし。そんなことどうだって関係ないじゃない。バカだわ〉
「いるわけないよ。いたらこんな所へおまえ、いやアンタを呼び出しなんかしないしナ」
〈アンタっていわないでってば。……でもウレシイ……。ダメ、ダメ。なんでわたしってこうなの。すぐ信じちゃうの。そんなことでダマサれませんからね〉

「ねえ、メシ食った? そうオレもまだなんだ。このすぐ近くにウマい中華料理屋があるんだけど、どう? そう、じゃあ出ようか」
〈なにすぐにうなずいちゃうのよ、わたし。ご飯なんか食べられる状態じゃないじゃない。4年ぶりに逢って、お茶のんで、食事してってこれじゃなし崩しじゃない。信じられないよ、わたしって〉

「ちょっといい店だろ。たまに来るんだ。ランチがウマいんだ。今日はーと、……酢豚だな。おまえ、いやアンタ何にする? えっ? いいんだよ別のもの頼んだって。そうか、じゃあランチふたつ……」
「…………」
「おい、なんだよまた泣きそうになって。頼むからよしてくれよ。……もしかして、嬉し涙?。なわけないよな、ハハハハハ…………」

〈思い出したのよ。あの頃よくあたしが仕事に行く前、中華街でご飯食べたよね。そうそう、ホラ、注文するものがよく同じになったことあったじゃない。真ちゃんがうま煮っていうと「わたしも」っていうの。そうすると真ちゃんは「マネすんな」って怒って。で、わたしが海老そばっていうと「オレが海老そば食おうと思ってんだから、オマエ他のものにしろよナ」なんてね。
ホラ覚えてる? フフフフ……、中華丼にいつも大きなシイタケが入っていたわよね。真ちゃんシイタケが大嫌いでさ、必ずわたしの皿に投げてよこすのよね。で、わたしも昔からシイタケが大嫌いだから、わたしの分と2つのシイタケを灰皿に捨てたっけ。こんなに好みが似ている人、生まれて初めてってあの時思ったもの……〉

「ウマそうだろ? 食えよ」
〈あっやだ、この酢豚、大きなシイタケが入ってる……2つも。あっ、なんで? なんで真ちゃん、シイタケ食べてるの? あんなに嫌いだったじゃない? どうなってるの?〉

「どしたんだい? ウマくないのか? じゃ、腹へってないのか? じゃなんで?」
「……真ちゃんこそ、なんで……、以前シイタケ嫌いだったんじゃ……」
「ああ、コイツか。これが食ってみると結構ウマイんだよナ。はじめはニオイだけで毛嫌いしてたけど、よく噛みしめて食べると結構ウマいんだ。……まぁ、好き嫌い言ってられる状況じゃなかったしナ。……厭な所だったけど、オレにとったら知らなかったことをいくつも気づかせてくれた場所だったしナ。このシイタケもそのひとつさ、ハハハ……」
〈……そうだったんだ。……そうだったんだ、知らなかったよぉ……〉

「なにまた泣いてんだよ。飯がまずくなるから泣くなって。なんだよ、さっきから。以前、そんなに泣き虫じゃなかっただろ?」
〈真ちゃんのせいよ、あんたのせいなんだよぉ……。あたしだって、あたしだってシイタケぐらい食べてやる。食べてやるよぉ〉

「おい、無理すんなよ。おまえだって嫌いだったじゃないか。なんでヤケおこしたみたいに泣きながらシイタケ食べてんだよ」
〈おまえって言ってくれたよぉ……ウレシイよ。……でもマズイよぉ、マズイよぉ。噛めば噛むほどマズイよぉ……。大嫌いだよぉ、シイタケなんて大嫌いだよぉ……でも、でも、好きになりたいよぉ……。好きになってやるよぉ……〉
「やめろって。泣くなって。わかったからもうシイタケ食うなって……。そんなコワイ顔するなって……」

4年ぶりの再会。涙の再会になっちゃったけど、ちょっと予想とは違ったなあ。
それからふたりはどうなったかって? そいつは私には分からない。なにしろ私の役割はふたりを逢わせるまでだから。
えっ、私が何者かって? それもわるいけど内緒なんだ。ご想像におまかせってことでひとつ。
何? もしかして“幸福の使者”じゃないかって?
……どうですかね。もしかするとその反対かもしれませんぜ。へへへへへへ……。

THE END

UNDER YOUR SPELL AGAIN
元々バック・オウエンスBUCK OWENS がヒットさせた曲。
二度と逢わないと誓った相手なのに、その魅力にまた恋の虜になってしまいそうだというラヴソング。残念ながらYOU-TUBEにはありませんが、ホンキー・トンキーなスキーター・デイヴィスSKEETER DAVIS盤がイカしてます。ロカビリーならドワイト・ヨーカムDWIGHT YOAKAM。


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UNDER YOUR SPELL AGAIN① [story]

上野アベック1.jpg

日曜日の朝、いい天気だ。モルタル造りの半分朽ちかけたアパートの2階。三分ほど開けられたガラス窓から見える部屋の中に若い女性がひとり。まるで覗きだねって? まぁ、これには少々事情がありまして。
話を続けますよ。よござんすか。
いままさに三面鏡の前で外出着を身に着けて自分と対峙している女性。これが恵子さん。

なんでそんなにコワイ顔をしているんでしょう。
自分とのにらめっこに負けるとため息をつき、手にした手紙を広げてみる。その手紙はいくつにも破ったあと、セロテープで補修してある。ワケありだぁ。
そして、ホラ、また鏡の自分を睨みつけはじめた。同じことを何度も……。

アラアラ、洋服を脱ぎはじめました。やっぱり出かけるのやめちゃうの? ダメダメ、昨晩あれだけ考えて決めたことでしょうが。……そうそう、そうですもう一度着なおして……そう、そうしてくれなくちゃワタシの立場も。

ところでみなさん、つかぬことをお聞きしますが、生まれてこのかた我を忘れてしまうような恋をしたことがありますか。一瞬にしろ「自分の人生と引き換えてもいい」「死んでもかまわない」なんて思う恋なんですけど。

なかなかそこまでは……、というのが多数派でしょうし、ましてやその恋を成就できるひとは数少ないのではねぇ。さらに言うならば、たとえその恋を実らせたとしても、それが己の肉体が滅びるまで続いていくなんて保証は有馬温泉。やっと手に入れた恋の果実は意外に渋かったなんてのが関の山だったりして。

実は恵子さん、6年前にそんな恋をしてしまったんですねぇ。
6年前といえば恵子さん18歳。故郷の酒田から川崎はS市の製パン工場へ就職してきた年。相手は彼女と一緒に入社した同僚、真次くん。
映画スターのAに似ているって先輩の女工さんも騒いだという色男だって話。

恵子さん、言っちゃわるいが容姿も性格もそんなに目立つという存在ではない。それにこれが生まれて初めての恋ときちゃ。冷静にみればライバル多き「恋のレース」にとても勝ち残れるとは思えない。野球のドラフトだったらおそらく多分の「指名なし」。

ところがところがジョージさん。
男と女の関係なんてわからない。もいちど野球で言やあ逆転満塁サヨナラホームラン。
モテモテ男の真次くん、言い寄る数多の女性の中からなんと恵子さんを逆指名。
「ええ?」「何であの娘?」「おかしいよ」「どこが?」「どうかしてるんじゃないの」とは恋のバトルに敗れた女性の方々の弁。

恵子さん桂昌院かシンデレラかというほど有頂天にそりゃそうだ。まぁ恋愛若葉マークの彼女としては無理からぬことなんですが、話はまだ終わらない、人生は長い。いいときは短いってこれは自分のこと。

よく女性は「恋をするとキレイになる」っていうけど、これは正解のようです。
恵子さん、真次くんとつき合いはじめて、みるみる変身。ヘアスタイル、化粧から洋服、アクセサリーまで流行の最先端。暇さえあれば流行雑誌と首っ引き。故郷の懐かしき訛り言葉もいつしか都会言葉に。

それもこれも恵子さん、「真次命」がなせるワザ。すべて愛する彼の傍にいたい、嫌われたくないの一心。いいじゃないですか、女ごころ。

「遊びがすべて」、「恋愛が至上」の2人にとって仕事は二の次、そのうち実生活なんてクソくらえ。まずは真次くんが、遅刻・欠勤のリミットを越えて退社の運びに。その三カ月後には恵子さんが後を追うように。結局二人とも地道な工場勤めが2年もたなかったってことに。

で、ねぐら失くした男と女が身を寄せ合って暮らすのは自然の理。
ところがバカな男はまだ夢の中。それどころか、ますます夢の森深く分け入っていくってえから始末におえない。そこはまだ女のほうが現実的だわな。

真次くん工員時代に覚えた麻雀、パチンコに加えて競輪、競馬に覚醒。みごとバクチ蟻地獄へと真っ逆さま。近くの工場で電化製品の組み立てをしていた恵子さんひとりの稼ぎじゃ2人の生活が成り立つわけがない。

うら若き女性がロクデナシと一緒にいようと思ったら、進むべき道は決まってくる。恵子さん、不本意ながら彼のためにと夜の世界へデビューと相なりにけり。

そのうち彼にも運が向いて、道で拾ったような話から仕事をはじめ、それがアレヨアレヨという間に軌道にのっての大成功。……なんて話は落下する隕石にぶち当たるほど難しい。

恵子さんが働けど働けど2人の暮らし楽にならず。立ち止まってじっと手を見る余裕もなければ、彼への想いいまだ熱く、自分たちの状況を客観的に見ることなんかできない。

ギャンブラーを気取った真次くんだが、いつまでたっても成長しない。勝った負けたで一喜一憂しているうちは、いっぱしのギャンブラーとはいえないんだよね。
勝ったときはいいけれど、負けとなると最悪。まるで恵子さんが不運を連れてきたかのように詰り、罵り、挙句の果ては暴力三昧。こうなったらもうヒモ以下。人非人のウジ虫野郎。そこまで言ったっておつりがくるぐらい。

それでも彼から逃げ出そう、離れようとしない女の気持ちって何なんでしょうねぇ。ひと言で「らぶいずぶらいんど」なんていいますが、コワイですねぇ恋ってヤツは。

そんなこんなの地獄の生活で一年過ぎた頃。2人にとって大変な事件が起こった。

なんと真次くんが警察に捕まってしまったのだ。
なんでも、遊び友だちと2人で通行人を殴って怪我をさせたうえに金を奪ったというから穏やかでない。それも暴力をふるったのは真次くんだと。

でも恵子さんは思ったね。真次くんと一緒に捕まった男は彼の兄貴分で、その男が彼を唆したのだと。実際に殴ったのもその兄貴に決まっているって。本当のところはどうなんだか。

で、真次くんが留置された翌日、故郷に住む姉が飛んできた。もちろん恵子さんとは初対面で、「真次がこうなったのはアンタのせいよ!」と言わんばかりに、あからさまな敵意をみせたとか。おかげで恵子さん、留置所へ面会にもいけなかったそうな。辛い話だ。

恵子さんアパートの部屋にポツンとひとり。
テレビを見ていても掃除をしていても浮かぶ想いは彼のことばかり。そうすると涙がホロホロホロととめどなく。他人と顔を合わせるのが辛くて店も休んだって。そりゃそうでしょう。大好きな彼のいない部屋なんてそれこそ留置場と変わらない。

そんなこんなで恵子さん、寝ては涙、起きてはまた涙の日々が3日、4日と。
そして真次くんが居なくなって5日目の午後、泣き疲れて微睡むうち妙な考えが浮かんできた……。

〈……いまがチャンス。真ちゃんはもうダメ。帰ってきたらまたギャンブル、浮気、暴力。あんな辛い日がいつまでもいつまでも続くんだ。わたしがいくらガンバってももうダメ。もう立っていられない……。もうあの人のこと好きでも何でもない。わたしがバカだったんだ。チキショー、あいつのせいで、あいつのせいで……〉

何がどうしたってわけ? 分かんないもんだよ女の気持ち。この逆立ち現象は何?ホワットハプンドってなもん。
翌日、アパートから恵子さんの姿が消えちゃった。もちろん店からも。そして街からも。


それから4年が過ぎ、恵子さん、千葉のM市で暮らしていました。
S市を出てから、電車を乗り継ぎ、当てずっぽうで降りたのがM市。そこにそのまま居ついたって、半ば投げやり人生。それでもどうにかこうにか再出発が始まった。

幸い仕事はすぐにみつかった。電信柱の貼り紙で訪ねた水道工事会社の事務員だってさ。慣れない仕事で、始終叱られどうしだったけど、愛想笑いで自分を騙し騙しの夜の世界よりはどれだけ気楽だったことか。
狭いアパートも借りて、まるで恵子さん自身が犯罪の過去をひきずっているかのような、「責任者出て来い」って言いたいぐらいの慎ましやかな暮らし。

M市に来て半年あまり経ったとき、風の便りで真次くんに懲役3年の実刑判決が下ったことを知ったそうです。そのときはやはり涙をこぼしたってさ。かつて愛した男への未練の最後のひと絞り。決別の涙……だと思ったんだけどね。

4年って簡単にいうけど長いよね。
仕事もなれて。職場の仲間との意思疎通もなめらかに。その間、社員の何人かから交際を申し込まれたこともあったし、社長から見合いをしてみないかと言われたこともあったようだけど、どの話も前向きになれなかった。

〈自分なんか男の人と付き合っちゃいけないんだ。あんな分相応な恋なんかするから……。あたしは生まれつき男の人を不幸にするようにできてるんだ。真ちゃんのお姉さんのいうとおり。あたしなんか、いつか病気になってアパートでひとり誰にも気づかれず……、ってそういう運命なんだ、きっと……〉

えっ? たった一度の失恋体験で、そこまで後ろ向きになるかねぇ。まぁ、新人ボクサーがデビュー戦でKO負けしたようなものか、って例えが雑? 

そんな新しい生活にもどうやら慣れた矢先、春一番が吹いた日のことでした。真次くんからの突然の手紙が舞い込んだのは。


UNDER YOUR SPELL AGAIN
(主役より目立っちゃだめだろ、彼女)


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HEY! GOOD LOOKING [story]

イケメン3.jpg

『染香姐さんが辞めたってねぇ』
「はあ、驚きましたね、正月そうそう……」
『おとつい「マリアンヌ」へ行ったらそんな話だもの、びっくりキントンよ』
「急でしたからねぇ……」
『マキちゃんにも挨拶なしかい?』
「わたしなんか、別に挨拶されるような立場じゃありませんから……」
『そんなもんかねぇ。このウバ桜小路で働いてりゃ、みな親戚同然てぇ思ってたけどねぇ』

斜向かいの店のホステスの染香さんが去年の暮れ突然辞めた。というか蒸発しちゃった。出入りの激しい商売、めずらしいことじゃないけど、義理堅いので有名だった染香さん。店の売り掛けやら前借りやら、借金を踏み倒していったって、この小路じゃいまいちばんの噂になってる。

この店にも暇になるとよく来てたし、ちょっとワケありの大年増って感じで人気もあったんだけど。なんでも元ダンサーで、そんな華やかな残像があったりしてね。そんな不義理をするような人間には見えなかったんだけどなぁ。

今目の前で、ジンライムをちびちびやってる若旦那こと野中熊男さん。表通りの扇子問屋「稲村」の三代目。47歳で独身、つい先日母親の三周忌を了えたばかり。
この若旦那も染香さんのことけっこう贔屓にしてたから、少なからずショックを受けてるみたい。

『で、やっぱしコレなんかい?』
「グーですか?」
『バカ言ってんじゃないよ。親指立てりゃ、グーってなあ去年限定の話。フツーこうすりゃ野郎のことだろうが』
「はぁ、スイマセン。そんな噂もありますねぇ。なんでも店のお客さんだったとか……」
『なるほどねぇ。染香も染香だけど、あんな賞味期限ギリギリのホステスをかっさらってドロンする客も客だよなぁ』

賞味期限ギリギリってそりゃ、若旦那チョット言い過ぎ。それに呼び捨てかよ。

『で、どんな唐変木なんだい、その人さらい野郎は』
「さぁ、はっきりとは……」
『んなこたぁねえだろう。マリアンヌの女の子に聞いたら、ここでよく密会してたってえじゃない』
「密会なんてものじゃないと思いますけど、そういえば何度か……」
『なんでぇ、隠すなよ。アタシとマキちゃんの仲じゃねえか』
「スイマセン、別に隠すわけじゃないんですけど……」

その染香さんの相手というのは、歳はまぁ見た目40代前半、染香さんと同じぐらいかな。去年の春頃飛び込みで「マリアンヌ」にやって来て、染香さんと意気投合。一時はほとんど毎日のように顔を出してたらしいよね。

なんでも大森の方で自動車の部品工場をやってるとか。二代目らしいけど、はじめの頃は景気も良かったんだよね。けど例のサブプライムローンから始まった“アメリカの風邪”が飛び火してさ、去年の秋頃から急に金回りが……。詳しいことは知らないけど、可哀想だよね。自分の失敗や散財で苦しくなったんじゃないんだから。

師走に入った頃はもうアカン状態だったみたい。染香さんにまで借金させてたものね。いや、それはちょっと違うな。彼女が自分から借りられる金すべてかき集めて男につぎ込んでいたんだと思う。でも、傾いた会社を個人の借金で支えられるはずがないわけで、そう考えるとやっぱり男の方がいけない。

で、とうとう年を越せずに会社は倒産。社長は染香さんともども消えちゃった。なんでも個人的にもかなり借金があったみたいだね。しかしやっぱ逃げちゃまずいよなぁ。
染香さんも魔が差したのかなぁ。それとも心底惚れたのかもね。こういっちゃなんだけどラストチャンスって思ったのかも知れない……。

『……なるほどねえ。まぁめずらしい話じゃないけど、染香も見損なったね、そんな素寒貧野郎にくっついて行くとはね……。40代かぁ、アラフォーってんだろ? でも女房、子供うっちゃってよくやるよなぁ。狂っちまったんだろうな、男も女もさ』

「いえ、その社長って人、バツイチで独身だったらしいですよ。前の奥さんとの間に子供もいなかったって。……染香さんて相手が家庭をもってる男だったらどんなに好みでも靡かない人ですよね。そういうところ堅かったですから」

『まぁな。堅いっちゃ堅いよな。アタシだって独身だけど、誘っても全然のってこなかったものねえ……』

あらあら、若旦那口説いてたんですか……。そうか、結局のところ若旦那その社長に妬いてんだな……。なるほどコワイ雷さんってわけだ。

『で、どんな男なんだいその色男はよ』
「あれ、若旦那、店で一緒になったことないんですか?」
『それが、思い当たらないんだよなぁ。だいたいこちとら酒と女の子とバカ話するのが目的だもの、同じ客それも男の面なんてハナから見ようって気がないもの』
「なんて言うんですかね。ちょっとカゲがあるっていうのか、昔風に言うとニガミ走ったって言うんですか? スーツも似合えばラフな格好もイケるっていう男前で……」

『へぇ、そんないい男かい。さしづめイケメンってヤツだな。こちとらカゲもなければヒゲもないただの40男だもんね……』

その代わりハゲがあったりして。フフフフフ……。

『なにが可笑しいんだよ、マキちゃん』
「いえ、ちょっとこっちのことで……」
『でもよ、昨今のイケメンブーム、ウンザリだよな。そう思わない?』

「まぁ、わたしらには縁のないブームですから……」
『な、こたぁねえよ。昨今のイケメンブームの妙なとこは、イケメンオアナッシングなんだよな。つまりイケメンじゃなければすべてブサイク。中間がねえってヤツ。グレーゾーンもなければ補欠もねえ。白か黒かの丁半ばくち、AかBかの二者択一ってわけ』
「なるほどねえ……」
『だからマキちゃん、自分にゃ縁がないなんて高をくくっちゃいられねえよ。いままでなら見ようによっちゃ二枚目かもとか、惜しいなぁ、もうちょっと鼻が高けりゃ役者になれたのにねぇ、なんて言われたかもしれないけど、当節じゃ完璧Bグループだもん、マキちゃん』

ひでぇ……。そこまでハッキリ言いますか。

『しかし、テレビなんかに出てる若い衆でイケメンって言われてる面々、よくよく見りゃあ両親そろいましたでオヤオヤって感じだもんね。スラッとしてて、髪型が今風で流行りの服着てるだけじゃねぇ。昔で言やあ、そこら辺を徘徊してるアンちゃんよ。まぁ、色男のレベルが下がったってことは、世の男にとっちゃいいことなのかもしれねけどさ。もっとも、その分Bグループにとっちゃ浮かぶ瀬もなくなっちゃたけどね。ハハハハハ……』
「ハハハハハ……」

こうなったらもう笑うしかない。……そこまで言いますか若旦那。
『わりい、わりい。つい笑っちまって』
ってとどめのひと言。こういうところがイヤ味なんだよなぁ……。

『しかしまじめな話、よくないよ。そりゃ、昔から色男とブ男はいたよ。どこの神さんが決めたのかはしらないけどさ。女だって同じよ。ミスユニバースになる女もいりゃ、整形美容院のビフォアにつかわれる女もいるさ。それが世界各国基準の違いはあれ、どこでも見てくれにも“格差”があるってのが人間のいやらしいとこよ』
「お代わりつくりましょうか……」
『いや、いいんだ、ここんとこちょっと減らしてるんで……。それでさ、でもさ、昔はさ、そういうことは人前じゃ大ぴらに言わなかったもんよ。とくにビフォアのほうはな。それが思いやりってもんじゃない。反対にそれを鼻にかけるようなヤツは、男でも女でも嫌われたもんよ』

たしかに煽りすぎだよな、マスコミ。イケメンだのブサイクだのって。お笑いやバラエティで半ば冗談で言ってるつもりなんだろうけど、中にはグサリと心えぐられてるヤツだっているよ、きっと。「男は顔かたちじゃない」って時代じゃないもの。男が化粧品を使い、整形する時代だもの。くだらねえとは思うけどさ。

去年繁華街で「誰でもよかった」って他人を刺しまくった馬鹿野郎、アイツの動機のひとつがそれだったよな。弁護する気はさらさらないけど、あんだけマスコミでイケメンをあおれば「鏡なんか見たくない」って野郎も出てくるさ。そんな野郎が仕事もうまくいかなくなったら絶望的……。

『まぁ、いちばんいけないのは女、女だよ』
「そうですかねぇ」
『そりゃそうよ。誰だって自分の彼氏はイケメンと思いたいわけよ。だから10点満点の5点でも四捨五入して10点、つまりイケメン組にいれちゃうわけよ。カワイイだのイケてるなんてのたまっちゃてね。そう言い続けているうち元々5点の彼氏が10点にしか見えなくなっちゃうから摩訶不思議。錯覚ってやつ。言われた野郎もついついその気になっちゃうから始末におえない』
「まぁ、いわれてみればたしかに……」
『だから、染香も血迷っちまったんだなぁ』

ええっ? 結局そっち……。

『そのうち一緒に逃げたその社長と、2Kかなんかのアパートで二人きりになって「あら、こんな人だったとは……」なんて気づくんだな。開けてビックリ玉手箱、よくよく見ればこはいかにってヤツ。で、やっぱり「あたしの居場所はマリアンヌしかない」なんて思ってさ。で、ママに詫びを入れて戻ってくるんじゃねえのかなぁ。そんな気がするよ』

……なんなんですか、そのあり得ない希望的観測。その底なしの未練……。


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Sophisticated Lady ⑤ [story]

父の家出⑥.jpg

隆の頼りない直感は当たった。
しかしその三度目の邂逅を果たすまでには30年近い時を要した。
そのときもやはり彼女は、隆を驚かせるように突然現れた。

暮れも押し迫ったある日、隆は朝の満員電車の中でポケットに入れておいたはずの手袋を片方失くしてしまった。

夕方、仕事を終えると、霙の降る中、駅前のデパートへ向かった。
隆は手袋売り場の前で、茶色と灰色の2対の手袋を手にして考えていた。すると、突然背後から手が伸びてきて、
「こっちのほうが断然、似合うわ」
と言う声とともに茶色の手袋を取り上げた。
驚いて振り返ると、そこに上布に身を包んだ女性が笑っていた。隆にはすぐにわかった。

50歳近いはずなのに、時が止まってしまったかのように、若い淑恵の姿。隆は自分の方がはるかに長い年月を生きてしまったような気がして、妙に眩しかった。夢と現実の境に囚われてしまって呆然としている隆に、
「いつかのお詫び。プレゼントさせてくださる?」
そう言って、淑恵は毎日会っている友人にするような笑顔をみせた。

「ほんとうに君なのか、信じがたいなぁ……。ほんとに君なんだよなぁ……」
隆にはそんな言葉しか出てこなかった。

それはたしかに偶然の邂逅だったのかもしれない。
しかし、この年のこの師走の、そしてこの日、隆は淑恵に逢うべくして逢った。そんな気もするのだった。
そこには30年あまり前のすれ違いに対するわだかまりのひとかけらもなかった。

ふたりはデパートの喫茶店で向かい合ってお茶を飲み、話をした。
当たり前のことだが、お互いに家庭があり、子供もいる。
隆は20年ほど前に見合い結婚した。淑恵を“見失って”から10年あまり後のことだ。いまは大学生の娘と高校生の息子がいる。その結婚前に転職した中堅の印刷会社の営業部長として、残り10年足らずの定年まで毎日判で押したような時間を埋めていこうと思っている。

淑恵もまた、隆が家庭を持った同じ頃結婚した。
二度目の結婚だった。一度目は二十歳になったばかりの頃で、半月ももたなかった。その二度目の結婚は淑恵が勤めていたバーのオーナーで、子供までもうけたが2年後にやはり別れた。ひとり娘は淑恵が引き取った。

それぞれの30年間を1時間あまりに要約するのは困難だが、そんな話しか出てこないのが隆には滑稽に思えた。
あの時、どうして東京駅に来なかったのか、どうして何も告げずに姿をくらましてしまったのか。淑恵は何も語ろうとしないし、隆も訊ねるつもりはなかった。

淑恵がさりげなく壁の時計に目をやったので、
「また今度、どこかで逢いたいな」
と隆がつぶやいた。本心だった。すると彼女は、
「大丈夫、わたしたち、ある日突然ばったり出逢う宿命なのよ。だから、またどこかで必ず逢えるわ」
と笑った。そして、隆が初めて見るような優しい顔をして、
「幸せなんでしょ? よかった……、ほんとによかった……」
とつけ加えた。隆が言うべき言葉を探しだし、それをため息とともに押し出そうとしたとき淑恵が、
「いまね、あたし若い子と付き合ってるの。懲りないわよね。どこがいいんだか、たいした男じゃないんだけどね……」
と言って小さく笑った。

それから、数分後、隆は霙の中で彼女の背中を見送っていた。
こんな別れ方でいいのだろうか、という小さな思いがあった。しかし、先ほど話の途中で差し出した会社の名刺を淑恵は躊躇うことなく受け取ってくれた。それで充分なのだ。あの名刺がある以上またきっと逢える。隆はそう思った。


「これが、私の母と小父さまの昔ばなし。もどかしい話でしょ?」
2杯目の紅茶を淹れながら文恵さんが言った。そして、こう付け加えた。
「はっきり聞いたわけではありませんけど、二人は死ぬまでプラトニックな関係だったと思うんです」
「えっ、ほんとうですか?」
「母は奔放な人でしたけど、死ぬ直前、小父さまが席を外していらっしゃるとき、私にこう言ったんです。〈あの人はワタシの中のたったひとつの“純潔”〉だって」

遅くなったので俺は文恵さんにクルマで駅まで送ってもらった。

列車に揺られながら、夜がすっかり帳を下ろした窓外を見ていた。いや、眺めるというのではなく、ただ視線を窓に貼り付けていただけなのだが。その間中、俺の頭の中にはいまさっき聞いたばかりの親父と淑恵さんの数々のエピソードが映像として巡っていた。それはいままで見たことのない親父の姿だった。

停車駅の到着時間を告げるアナウンスが途切れたと同時に俺の頭の中のファンタジーも中断した。そして現実的だが、決してないがしろにできないふたつの問題がいきなり目の前に現れ、俺は思わず声を立てずに笑ってしまった。

ひとつは親父と淑恵さんの話をお袋と姉貴にするべきか否かということ。とくにお袋には黙っているべきかもしれない。
そして、もうひとつは……、言いにくことだが、実は俺が文恵さんに一目惚れしてしまったってこと。いや、不謹慎な話だが、あの葬式の時から心を奪われていたのかもしれない。しょうがねえなぁ、男ってヤツは。

とにかく、親父とのことがあるから、ストレートには俺の気持ちを受け入れてもらえないだろう。また、あのぐらいの人だ、きっと彼氏がいるはずだ。いや、休日にひとりで家にいるってことは、もしかしたら……。いやいや、そんなことはないな。
とにかくたとえ誰かいようが、そんなことではめげない。俺は親父のようなヘマをするつもりはない。
実は、抜け目なく今年の11月、淑恵さんの命日に墓参する彼女のお供をさせてもらうことを約束をしてきたのだ。

しかし、あと5ヵ月も待てそうもない。なにかうまい口実はないものか……。
俺は列車に揺られながら、そんな不純なことを考えていた。そして、その考えを消去すべく、さっき駅まで送ってくれたクルマの中で彼女が言った言葉を再生してみた。

「でも、もし小父さまと母が結ばれていたら、わたしもあなたも今こうして存在していなかったのね。……不思議ね」


THE END


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Sophisticated Lady ④ [story]

秋祭り露天⑧.jpg

隆の住んでいるアパートの斜向かいの部屋に淑恵父娘が引っ越してきたのは4月、ちょうど6年生の新学期が始まって間もない頃だった。

淑恵の父親は背が高く、痩せて無口な男だった。
隆とすれ違うとき、大人にするのと同じように丁寧に頭を下げる。しかし、言葉を発するのでもなく、表情を変えるのでもなく、まるで幽霊のように通りすぎて行く。

淑恵は隆より4つ年下の小学2年生。
母親も兄妹もいないので、学校から帰ると夜、父親が帰ってくるまでひとりで過ごさなければならない。父親が仕事から帰るのは早くても午後10時過ぎ、ときどきは帰らないこともあった。夕食は父親がかんたんなものを用意しているようで、淑恵はひとりで食べていた。
ある夕方、共同トイレの清掃のことで隆の母が淑恵の部屋を訪ねたことがあった。そのとき見た淑恵の夕食があまりにも粗末だったので、翌日から淑恵は隆の家で食事をとることになった。

これが隆と淑恵の不思議な縁のはじまりだった。

無口ということでは淑恵は父親によく似ていた。それでも時々隆のいう冗談に顔をあげ、声を出さずに笑うこともあった。すると隆の姉の富美子が「淑恵ちゃんが笑った」と歓声をあげる。ひと月も経つとそれが、何年も続いているようなごく自然な家族の食事風景となっていた。

姉とふたり兄弟の隆にとって、急にできた“妹”は不思議な感覚であり、内心嬉しかった。しかし、外ではつとめて無関心を装った。とくに朝一緒に登校するときなどは、他人が見たら「どうしたの?」と思うほどの渋面をつくり、少し離れた淑恵の前を歩くのだった。

そしてその年の夏が来た。
淑恵は相変わらず無口だったが、それでも隆の母には学校でのできごとをポツリポツリと話すようになった。その様子が隆にはなんとなく嬉しかった。

そんな夏休みのある日、隆が淑恵を夏祭りの縁日に連れていくことになった。ふだんなら姉の富美子が連れていくのだが、彼女は林間学校で不在だったのだ。
隆は不満だった。友達と行く約束をしていたからだ。
だが、姉のお下がりの浴衣を着せられ、母から髪を三つ編みに結ってもらっている淑恵の羞恥のまじった笑顔を見ていると、断ることはできなかった。

そんな淑恵を隆は縁日で置いてきぼりにしたのである。友達のところへ行くために、金魚すくいを見入っている淑恵を置き去りにしたのだ。

逃げ出したあと、それでも良心が咎め、しばらく物陰から淑恵の様子を見ていた。
隆の居ないことに気づいた淑恵は綿菓子を持ったまま何度も辺りを見回している。そして、泣きそうな声で「たかしちゃーん……」とつぶやいた。
その声が耳に届くと隆は耳を塞ぎたい気持ちで背中を向け、闇に向かって一目散に走った。走りながら隆の耳には、淑恵が初めて呼んだ自分の名前が波のように、何度も聞こえては消えていった。

その夜、隆は母親からこっぴどく叱られた。
そして布団の中で涙をこぼした。母親の「男の子のすることじゃないわね」という叱責の言葉と淑恵が自分を呼んだあの声がいつまでも耳から離れず、なかなか寝付けなかった。

そんなことがあってから数日後の夏休み最後の日、淑恵父娘は突然引っ越していった。それはほんとうに突然で、隆が午後友達の家から帰ってくると淑恵はもういなかった。母も「前もってひと言ぐらい言っておいてもいいのにねえ」と淑恵の父への恨み言をつぶやくほど急な話だった。

半年足らずだったが、隆にとって淑恵の存在は大きかった。大事に育てた庭木が、突然根こそぎ引き抜かれてしまったような寂しさと、やり場のない怒りを覚えたものだった。

去る人日々に疎しとはいうが、中学になっても高校へ行っても隆が淑恵のことを忘れることはなかった。ときどき、それも突然、淑恵の顔が浮かんでくることがあった。はにかんだような薄い笑顔だったり、あの縁日の夜に見た眉を寄せた悲しげな顔だったり。
それは隆にガールフレンドや恋人ができても変わらなかった。ただ、隆がどれだけ成長しても蘇る記憶の淑恵は小学2年生のままだったのだが。


ふたりが再会したのは隆が大学を出て旅行会社に就職した年だった。
得意先の接待での2軒目、行きつけの店が混んでいたため初めて入ったそのバーに淑恵はいた。

「関口さんでしょ?」気づいたのは淑恵の方だった。
18歳の淑恵は変貌していた。そういう世界独特のドギツイ化粧にも驚いたが、なによりもその饒舌が昔の淑恵の印象とは結びつかなかった。それでもしばらくすると、淑恵の濃いマスカラの奥に懐かしい瞳を発見して、隆は奇跡に遭遇したような感動を覚えたものだった。

それから隆は毎日のように淑恵の勤める店に通いはじめた。
しばらくすると淑恵が「タカシ君、これからは外で逢おうよ」と言いだした。あとで考えれば、それは隆が安月給であることに気をつかってくれたからだろう。

外で逢うといっても平日、隆の仕事が終わり、淑恵の仕事が始まるまでの1時間あまり喫茶店で話をするだけのことだったのだが。それでも隆にとってはその日一日の充実を感じるほど楽しい時間だったのだ。

淑恵にヤクザ者の男がいることに気づいたのは、それからまもなくだった。
話を聞けば男は“ヒモ”で、淑恵にとっても成り行き上の関係で、愛情のひとかけらもないように思えた。
「別れなくちゃだめだよ、このままじゃきっと君が不幸になる」
世間知らずの隆は自分の情熱で男と女の関係をどうにかできると信じていた。

「それじゃ、何もかも棄てて私とどこかへ逃げてくれる?」
「もちろんさ。誰も知らないところへ行って二人でやり直そう」
二人は翌朝、東京駅で落ち合うことを誓って別れた。
隆は正直会社を辞めても両親から非難されてもかまわない、と思った。二人が逃げた先に何があるのかは分からない。それでも淑恵を救うにはそうするしかないと信じていた。

そして翌朝。隆は東京駅のホームの上で立ち尽くしていた。約束の時間を2時間過ぎても淑恵は来なかった。

その日、夜の帳が降りるのを待ちきれずに隆は淑恵の勤めるバーへ急いだ。
しかし淑恵はいなかった。無断欠勤で、アパートにも不在とのことだった。

それから数日間、隆は店に通ったが淑恵の姿を見ることはなかった。店の人間の言うことを信じられず、なんとかアパートの住所を聞き出し訪ねてみたが電気は消えたままだった。
淑恵は始めの予定通り、あの日この街から逃げていったのだ。予定と違ったのは隆と二人ではなくひとりだったこと。

失意をごまかし仕事をする隆のもとへ、淑恵の男と称するヤクザ者が訪ねてきたのは、それから半月後のことだった。
淑恵は男と逃げたのではない。それが隆の唯一の救いだった。

そして隆は、淑恵が一人で消えてしまったのは、自分をトラブルに巻き込まずに男と別れる唯一の方法だったのではないか、という考えに思い至った。
そうならば、いつか必ずまた彼女と逢える日が来るはずだ。隆はそう思った。


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Sophisticated Lady③ [story]

父の家出③.jpg

しばらくして、ドアが開き、野崎文恵の少し困ったような顔がのぞいた。
「むさくるしいところですが、どうぞ」
それでも彼女は前触れもなく訪れた無礼な訪問者を部屋の中に招いてくれた。俺は親父の葬式のときに受けた彼女の印象より柔らかな声になんとなく安堵した。

居間のソファで待っていると、彼女がお茶を運んで来た。そして、俺が改めて葬儀に来てくれたお礼を言おうとしたとき、彼女は床に正座し、

「大変なご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
と両手を揃えて頭を下げた。彼女の思わぬ行動に慌てた俺も、思わずソファから降り、土下座しながら、
「いえ、こちらこそ、父が大変お世話になりまして……」
などと、わけのわからない返答をしてしまったのだった。

「謝って許していただけるようなことではありませんが、いつかは御母様をはじめ、皆様にお目にかかってお詫びをしなくてはいけないと……」
「いえ、そんなことどうでも……、とにかくこの状態じゃ話しにくいですから、どうかイスに座ってください。どうぞ、遠慮せずに……」

何を言ってんだか。俺は、すっかり舞い上がってしまっていた。そんな俺の様子に、少し安心したのか彼女の表情が柔らいだ。俺もホッとした。

俺の推理は半分当たった。彼女の母親、つまり野崎淑恵と親父は古くからの知り合いだったのだ。それに、親父が家出していた期間、ちょうど去年の今頃から半年あまり、この家にいたことも間違いなかった。
ただ、野崎文恵が俺の異母姉ではないかということは、まったくの妄想だったのだが。

彼女は母親と二人暮らしだった。その母親が癌と告知されたのが昨年の3月。病気はかなり進行していて、野崎文恵は医者から「半年もたないだろう」と言われていた。

「どうしても、もう一度逢いたい人がいるの……」
死期はともかく、自分の命がそう長くはないと悟った母親は娘にそう言った。

文恵はなんとしても、その人を母に会わせてあげようと思った。しかし、どうやって。住所も電話番号も分かっている。しかし、直接連絡をとったり、会いに行って理由を話せば了解を得られるという話ではないことぐらい彼女には分かっていた。

それでも文恵は思いきってその人の家に電話をした。取り上げられた受話器の向こうからその人ではなく、女性の声がした。彼女は素早く電話を切った。そんなことが何度かあって、ようやくその人が電話口に出た。

彼女がその人の名前を確認し、自分の名を告げようとしたとき、
「淑恵さん? 淑恵さんでしょ?……」
とその人が言った。

その翌日、親父は入院中の野崎淑恵さんを訪ねた。

「母は勝ち気で我が侭な性格でしょ。ですから小父様が来ても平気な顔なんです。無理して明るく振る舞ったりして。そのくせ小父様が帰った夜なんか、滅茶苦茶に泣くんです。一度だけってお願いしたんですけれど、それから毎週のようにいらっしゃるようになって……。小父様がいらっしゃるようになってから、母は急に元気になって。食もすすんで、傍目ではもしかしたら、治ってしまうのではないかって思うほどでした。多分母の中で、もっと生きたい、小父様と一緒の時間をもっと過ごしたいという気持が出てきたんだと思います。……すいません、身勝手なことばかり言いまして……」

「いえ、気にしないでください。もっと聞かせてください。あなたのお母さんと親父のこと」

「6月に入って、見た目は元気なものですから、自宅で療養したいって言い出したんです。お医者様に相談したら、かまわないということになって。もう治療のほどこしようがなかったんですね。小父様も今度はこの家までお見舞いに来ていただくようになって。
ある時、小父様がお見舞いにいらっしゃったその帰り、私が駅まで送っていったことがあったんです。その時、話があるからって喫茶店に誘われまして。そして、そこで小父様が私におっしゃったんです。
〈実は、先週来たときに淑恵さんから一緒に暮らしてくれないかって頼まれちゃって……〉って。
あきれた話でしょ? 母はそうやって我が侭を通して生きてきた人間なんです。周りの迷惑なんてまるで考えない。でも、小父様はこうおっしゃったんです。
〈もし、文ちゃんさえ許してくれるのなら、そうしてあげたいんだけど〉って。
私も母も、小父様には家庭があって、奥様もいらっしゃることを知っていました。ですから、私はお断りすべきだったんです。でも、私は泣きながら「お願いします」としか言えなかったんです。あとで怨まれてもいい、余命少ない母のためならどんなことでもしてあげようって、その時は思ったんです。ごめんなさい……」

その翌日親父は家を出た。そして、野崎淑恵さんとの短い生活が始まったというわけだ。

なるほどなぁ。


文恵さんが遠慮がちに話したところによると、二人はまるで仲の好い兄妹のようだったとか。体調のいいときなど、親父が車椅子を押して近所を散歩したことも何度かあったそうだ。

朝、昼、晩と食事はいつも一緒。ほとんどベッドで横になっている淑恵さんに、親父は尽きることのない昔話をしてあげていたとか。淑恵さんは眼を閉じて、ときどき笑ったり、自分の記憶に蘇った情景を話したり。親父はそうやって、淑恵さんが眠りに落ちるまで傍にいてあげたそうだ。

文恵さんの話を聞いているうちに、俺は、親父がただ淑恵さんに同情して傍にいたんじゃないって思うようになっていった。淑恵さんがそうだったように、きっと、親父も彼女の傍にいることが楽しかったのではないのだろうか。そうでなきゃ……。

淑恵さんの生命力は驚異的な回復をもたらした。夏を越せるかどうかといわれた命が、秋まで保たれたのだから。それでも、奇跡は起こらなかった。いや、たった数か月だけれど、寿命が延びたことそのものが奇跡だったのかもしれない。

そして11月に入ってまもなく、庭の秋海棠が咲いた日、淑恵さんは親父と文恵さんに見守られながら息をひきとった。

複雑な気持ちだった。文恵さんの話を聞いて、親父はもちろん、彼女と淑恵さんを責める気持にはなれなかった。かといって、お袋のことを考えると、手放しで二人を祝福してはいけないような気もして……。

「コーヒー、お飲みになります?」
俺の気持ちを知ってか知らずか、文恵さんはコーヒーを運んでくると今度は、自分の母親と親父から聞かされたという、二人が出逢った頃の話を始めた。それは、俺がいちばん聞きたかったことだったかもしれない。


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Sophisticated Lady ② [story]

父の家出②.jpg

姉の話によると、親父は、家に上がるなりお袋の前でただひたすら土下座して「すみませんでした。許してください」を連発するばかりだったとか。おふくろはただ泣くばかりで言葉も出ない。無情に問いつめたのはやっぱり姉。「何処にいたの!」「半年も何してたの!」「どれだけ心配してたか、わかってるの!」「女とはちゃんと別れたの!」とまあ、ポンポンポンと立て続けに。

親父は平身低頭、「すいません」「はい」の一点張り。女と暮らしていたことは認めたものの、誰と何処でという話になると。「いずれ話す。いまは聞かないでくれ」と言うばかり。まあ、何処の誰かを聞いたって、姉に何かできるってわけでもなかったのだけど。それに「もう二度と会うことはない」という親父の言葉を信じるしかないものね。
しかし、母よ貴女は偉かった。さんざん泣いたあげくの第一声が親父さんに、
「じゃあ、今晩はお寿司でもとりましょ。あなたいいでしょ?」
だって。なんの祝だよ。

俺も姉からの連絡でその夜駆けつけた。で、親父の元気そうな顔を見てつい、
「よっ、お疲れさん」
親父、照れ臭そうな顔して笑ってた。以前とまるで変わらない。いいんじゃないかな。ひとまずはこれで。

翌日からも、お袋は家出のことや半年間のことには一切ふれなかった。まるで、何事もなかったような顔で親父と接している。いや、家出前より、親父への接し方や話しかけ方がいくらか優しくなったような気がするね。親父は親父で、ほんとうに申し訳なさそうにしている。家出前よりさらに低姿勢に。盆に返る覆水もあるってこと。

でも、機械にたとえるのもおかしいけれど、電化製品などでも一度故障すると、直してもまたすぐ壊れることがある。壊れグセっていうのかな。

ともあれ新年は久しぶりに家族4人で迎えることができた。
そして正月が過ぎ、俺がアパートへ戻った後は、あの家出がウソのように、親子3人みずいらずの生活が続いていたのだけれど……。

桜にはまだ早い弥生3月、南風の吹く妙な陽気の日だった。
以前の会社の仲間と旧交を温めた帰りの夜道、親父はクルマに撥ねられ、あっけなく死んでしまったのだ。お袋と姉が病院へ駆けつけたときにはすでに息がなかった。誰も死に目に遭えなかった。お袋がポツンと言った。
「せめて戻って三月のあいだ暮らせたんだから、家出したまま死なれるよりは良かった……、そう思わなくちゃ……」

通夜、葬式は忙しかった。俺もお袋も姉も。家族は泣いてる暇なんてないって言われてたけどまさにそのとおり。
火葬を済ませ、近くの料理屋で精進落としをして、実家へ戻ってきたのは黄昏時だった。
「あああ、やっと終わったわ」
コートを脱ぐと、お袋はそう言って炬燵のそばに座った。
「ほんと、もうこりごりね、お葬式なんて」
姉の言葉に母娘して笑って。それを見て俺もなんだかホッとしたな、親父の葬式なのに。

「でも、大袈裟でなくていい葬式だった。兄さんも喜んでるさ、きっと」
俺の注ぐビールをコップで受けながら叔父が言った。そして、母が用事で部屋を出て行くと、
「ところで、焼香のとき気になったんだけど、スゴイ美人がいたね。ありゃ誰だい?」
と、俺の耳元で囁いた。もちろん覚えている。髪が長く、ラテン系を思わせる美人だった。年の頃なら24、5。場所が場所だけに終始うつむき加減だったが、笑顔が見てみたいと思わせる美人だった。なにを言ってんだか。

「叔父さんも知らないんですか? 実は俺も気になっていたんですよ」
叔父に負けないぐらいの小声で言うと、
「野崎さんって言うのよ。お父さんの仕事関係のひとじゃない? いやね男って、あんな時でも女の品定めしてるんだから」
姉が背中を向けたまま言った。そして向き直り、
「お父さんから死んだら連絡するようにって言われていた人の名簿が、そこの箪笥の抽斗に入っているんだけど、その中にあったのよ。あの歳だから、お父さんのお友だちの娘さんか誰かじゃないかしら」
とつけ加えた。

「……もしかして親父の……」
俺はふたたび小声で叔父に言った。
「まさか……。そうかな……、もしそうだったらお前のお父さん、見直すぜ……」
叔父の声がさらに小さくなった。
姉がふたたびふり返り、
「ふたりとも、何をバカなこと言ってるの。あんな若くてキレイな人とお父さんが何かあるわけないじゃない。だいちもしそうなら、のこのことお葬式に出て来るわけないじゃない。そんなことも分からないんだから。やーネ」

まさか、とは思う。しかし、あの女性は親父の家出と絶対に関係がある。これは俺の直感だ。その夜、俺は姉が言っていた連絡先の名簿を開いてみた。そこには「野崎淑恵」という名があった。F市の住所が電話番号とともに書かれていた。もちろん見覚え聞き覚えはない。念のために、香典帳も見てみた。たしかに同じ住所で「野崎」の名があった。しかしそこは「野崎文恵」と書かれていた。妙な確信のようなものが俺の心に湧いた。

だいたい俺には空想癖がある。それが三文小説やB級ドラマ並みの発想だから質がわるい。だからろくな戯曲が書けないって? そんなことわかってる。
実は今、野崎文恵は俺の異母姉ではないか、などと考えてしまっているのだ。
そんな妄想はともかく、俺は「野崎文恵」にどうしても逢ってみようと思った。もちろん、お袋や姉貴には内緒。

親父はきっと、家出の理由を俺にだけは言いたかったのではないだろうか。家へ戻ってきてから数カ月、バイトが忙しくてあまり顔を合わせることもなかった。いま思いだしてみると、たまに帰ったときの親父のちょっと照れたような表情、あれは何かを話したかった顔だったような気がするんだ。ならば、俺が親父の秘密を暴いたとしても、親父は喜んでくれることはあっても、怒ることはないだろう。俺は勝手にそう思った。


野崎文恵に会おうと思い立ってから、ひと月が過ぎてしまった。
その間、俺はついに悪運が尽き、就職する羽目になった。事務機器メーカーの企画開発部。20数年の俺の経歴とはいっさい関係ない仕事だ。また一歩、夢から遠ざかってしまった気がする。これも現実か。いいさ、しばらくは流れに身を任せてみるのも。


四十九日を済ませ、鮮やかな若葉への感動も薄れた6月の日曜日、俺は心を決めて野崎文恵に会いに行くことにした。事前に電話で連絡もせずにだ。

若い女性が休日に家にいるという確証はない。いや、出かけている可能性の方がはるかに高いだろう。万が一家にいたとしても、突然の訪問者を歓迎してくれる保証はない。
俺は半ば野崎文恵と会えないことを前提に、スゴスゴ帰ることを想像しながら出かけて行ったのだ。どうかしてるよ。
ぜひ会いたいという気持ちと、会ってはいけないという気持ちが半々。俺のことはどうでも、会うことで彼女を困らせる結果になるのではないかという思いがあったのだ。カッコつけすぎか……。

野崎文恵の家は、郊外のT駅から歩いて15分ほどの高台の新興住宅街にあった。
玄関脇の駐車場に青いワーゲンが停まっている。
俺は観念してドアの側のブザーを押した。
インターフォン越しに「はい?」という声が聞こえたので、名前を告げると、「あっ」と小さく驚いた声が聞こえた。


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Sophisticated Lady ① [story]

父の家出①.jpg

『半年後に帰ります。ですから探さないでください』
そんな短い書き置きを残して親父が家出した。6月の梅雨の合間の晴れわたった日のことだった。

置き手紙を見たお袋は、はじめ何かの悪戯だろうと思っていたそうだが、夜になってそれが現実だとわかると寝込んでしまった。

俺がそのことを知ったのはバイトを終えてアパートに戻ったその夜だった。はじめにお袋の所へ駆けつけた姉からの電話でだった。「まさかあの親父が」という気持。
実家へ到着すると、お袋は蒲団の中で泣いていた。姉は怒っていた。まるで同罪? といわんばかりに怒りを俺にぶつけてきた。そんな似てるかね、性格。

翌日になってわかったことは、親父の旅行カバンといくつかの着替えや下着がなくなっていること。あとは、親父の銀行口座から300万円ほどが引き出されていたこと。
「海外旅行でも行ったんじゃないのかな」
という俺のつまらないジョークは、「不謹慎!」「博之はいつまでたっても成長なしね!」という姉の鋭いスカッドミサイルによって撃沈された。

親父関口隆は61歳。去年、40年あまり勤めた印刷会社を定年退職。関連会社への再就職の話もあったが、本人「もう会社勤めはごめんです」と、隠居の道を選択。たいして面白くなかったんだなぁ、仕事。

仕事一筋で趣味らしい趣味もなかったからか、暇ができたとたんにいろいろなことをやりはじめた。家庭菜園、インターネット、デジカメ、仏像彫刻、中国語、社交ダンス、海外旅行……。どれもこれも身につく前に新しい世界があらわれてしまう。移り気なんだな。よく似てるよ……。

これで、孫でもいれば、親父にとっても最高のリタイア生活になるのだろうが、一昨年結婚した姉の美智子は「30まで子供はいらない」って言ってるし、演劇サークルにドップリ漬かってしまい、大学生活5年目を送っている俺の辞書に、〈結婚〉という字はない。今のところ。とんだ親不孝の姉弟だ。いや、俺だけかも……。

意外だったのは、お袋のあのショックの様子。まさかあそこまで落ち込んでしまうとは。なにしろ、結婚当初から主導権はお袋にあったというのだから。まるで自分の“立つべき場所”を根こそぎ奪われてしまったような憔悴ぶり。あんなお袋見たこともなかったし、想像さえつかなかった。結婚して30年余り、一度だって浮気をしたことがない(多分)親父。お袋の我が儘にも、いつも「ハイ、ハイ、ハイ」と従ってきた親父の、誰もが想像できなかった“反乱”だった。

実は、書き置きを見て「これは本物だ」と思ったとき、俺の心中には小さな快哉があった。「親父、よくやった」という男同士のエールだ。とはいえ、すっかり萎れてしまったお袋を見ていると、そうとばかりも言っていられない。

しかし、探すにしても、まずは親父の家出の理由だ。それが分からなければ、探しようがない。誰もがその理由に思い至らず、また誰もがそれを知りたがっている。

翌日から、叔父叔母はもちろん、親父の友人知人に連絡を取ってみたが、行く先はもちろん、理由らしきものさえ分からない。
考えられる理由としては、……やっぱり女かな。しかし、親父と女……、どうも結びつかない。とはいえ親父だって男だ。〈老いらくの恋〉という古い言葉だってあるじゃないか。突然の出逢いがまったくなかったとは断言できない。
たとえば、陶芸スクールかなんかで知り合って、忘れたはずの恋心に火がついたりして……。イージーだな俺の発想。だからろくな戯曲が書けない。

「そういえば、あの人が家を出る前に何度か出るとすぐに切れてしまう電話があったわ」
と、お袋が思い出したように言うと、
「そうそう、その頃よ。ときどき朝早くから何処かへ出かけて夜遅く帰ってくるって、母さん言ってたじゃない。今考えればあれも怪しいわね」
と姉も。いずれにしても、姉とお袋は間違いなく女が原因と断定したようだ。

残された母子でいちばん問題になったのは警察に届けるか否かということ。姉とお袋は、万が一ということも考えて家出人届を出すべきだと主張した。俺はあの親父が自殺するはずはないと思ってるし、大金を持って出たので、書き置きにあるように半年間待つべきだと反論した。

家出人の意志を尊重するというのも変な話だが、警察だって積極的に探してくれるかどうか分からないので、半年間というか、しばらくは様子をみるということで姉もお袋もしぶしぶ納得した。もちろん、その間、できる限り自分たちで探すということなのだが。でも、どうやって。困った。


あれから10日が経った。お袋は3日ほど横になっていたが、4日目になると起きあがり、掃除や洗濯をはじめた。そしてその翌日からは買い物や友だちとの食事で出かけるようになった。まあ、女ってやつは立ち直りの早いこと。
俺はそれを見て安心してアパートへ戻った。俺だって暇じゃない。姉はもうしばらくお袋の傍にいるようだ。お袋が心配ということもあるが、久々に実家で羽根を伸ばしたいのだろう。

青空を占領する大きな入道雲。朝から晩まで疲れ知らずの蜩の声。今年も夏がやってきた。

去年と違うのは家に親父の姿がないということ。そして姉が実家に戻ってきてしまったこと。どうやら親父の家出前から姉夫婦の間にはそんな雰囲気があったようだ。


それからさらに2カ月あまりが経ち、たまに帰る実家ではお袋と姉の話し声や笑い声が絶えない。毎日一緒にいてよくそんなに話すことがあるものだ、と感心するほどのべつ喋りかつ笑っている。そんな二人を見ていると、もう10年もこうした生活が続いているように感じることがある。
あゝ、もし親父が帰ってきても、これでは居場所がないんじゃないかな……。

その親父の行方は杳として分からなかった。ただ一度、叔父の以前の会社の知り合いが、今年の春先、つまり親父が家出する三月ほど前に、日比谷のレストランで親父を目撃したという情報があった。

その時、親父は二十歳ぐらいの若い女性と一緒だったとか。これは、姉もはっきり否定した。もちろん俺も。いくらなんでも、親父が自分の娘ほどの女と浮気をするなんて真夜中に太陽が現れたってありえない話だ。結局、他人のそら似、見間違いだろうという話になったのだが。
しかし、俺は想像した。親父が若い娘と温泉宿かなんかでよろしくやっている様子を。〈いよっ!色男!〉こんなこと口が裂けても姉やお袋には言えない。


“秋の日は釣瓶落とし”なんて言うけれど、秋そのものが猛スピードで過ぎていく。蝉の声が虫の声に変わり、色づいたプラタナスがバッサバッサと落ちたと思ったら、もう北風が吹き始めている。

もう師走。親父がいなくなってから5カ月が過ぎ、約束どおりなら今月の末か、年明けには帰ってくる。でも、どこにいるのか知らないが、そこの居心地がよければ“延長”なんてこともありえる。お袋も口には出さないが、ときどき嵐を待つ子供のように何かを期待している顔付きになることがある。それはちょっと悲しい。

そんなある日、師走の冷たい風に乗って、約束どおり親父は帰ってきた。見慣れないチャコールグレイのスーツに、やはり新調したコート。しかしその顔は紛れもなく親父だったそうだ。“そうだ”というのは、残念ながら俺はその場に居合わせなかったから。


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COME RAIN OR COME SHINE [story]

 路地.jpg

『……わりいね、お代わり……』
「ハイ、ただいま……」

2杯目のジン・トニックを飲み干したのが“若旦那”こと野中熊男さん。
表通りにある扇子問屋「稲村」の三代目。46才で独り者。それはどうでも。男前なんだけど、江戸っ子風吹かせて、他人の“辛口批評”をするのが玉にキズ。そんなところが女性が寄りつかない原因に……。それもどうでも。

み月前にお袋さんが亡くなって、以来めっきり元気がなくなっちゃった。
この桜小路のお姐さん方に言わせると、「軽口が減ってちょうどいい具合」って言うんだけどやっぱりらしくないものなぁ。

この若旦那よくいえば大変な母親思い。でも桜小路の小雀たちに言わせると“マザコン”。
結婚しないのは母親以上の女が現れないからと近所ではもっぱらの評判。
それぐらいだから、母親の死はショックなんてもんじゃなかった。

葬式に出た人の話じゃ、出棺のとき、「おかあちゃん、おかあちゃん」って棺に抱きついて離れようとしなかったって。「50になろうって男が、まるでガキみたいに……」ってその人は言うけれど、母親にとったら50だろうが60だろうが、息子はガキに違いないし、その逆もまたありでしょ。

でも、49日も終えていくらか元気を取り戻したみたい。
この店もそうだけど、あちこちの店に顔を出すようになったのがその証拠。

ただたしかに、以前と比べて口数が減ったね。
黙ってグラスの中の酒を見つめてる。いくらかやつれたせいか顔つきだって変わってきたもの。

以前もしゃべり疲れてしばらく黙っていることはあったけど、そんなとき「あ、この人なんも考えてないな」なんて思ったけど、今は違う。なんていうのか、なんかとてつもなく難しいこと考えてるんじゃないかって思っちゃう。そう、思索的っていうのか、哲学者みたいな顔してることがあるんだな。えっ? 哲学者の顔を見たことがあるのかって? それがないんだなぁ。
まぁそれはいいけど、この店の斜向かいの「マリアンヌ」にこないだ来たばかりの娘なんか、以前の若旦那を知らないから「シブくってカッコイイ」だなんて。

『…………』
ほら、ああやってちょっと小首を傾げて口をちょいと歪めて、視線を60度ぐらいに上げてって、あれ、あれがそのポーズ。たいがいは、そのあと何かをのたまうんだよね。ホラね……。

『マキちゃんさぁ、結局人の一生ってえのか、つまり人生ってのは豚の夫婦みてえなもんだね』
「はぁ……?」
『トントン、つまりプラスマイナスゼロってことよ』
「なるほど……、ハイお待ち」
『ありがとよ。……お袋だって若い頃は粋筋じゃ、ちったぁ知られたおあ姐さんでさ、それを親父に見初められて扇子問屋の女将さんに。他人は玉の輿だのなんだのって言うけど、そんなもんじゃない。親父の遊びにゃ泣かされ、姑にゃ苛められーので……』

ヤバイヤバイ、若旦那眼にいっぱい涙ためちゃって。

『アタシや珠恵がいなかったら、とっとと家おん出ちまってたって、よく笑いながら話してたっけな。アタシと妹を大きくすることだけを生き甲斐にしてたってよ……。わかる? マキちゃん』
「いやあ、話に聞いたりテレビで見たことはありますけど、ホントにそういう女の人っているんですね。むかしの女っていうのか、いや、むかしのっていっても」
『いいんだよ。そうよ。むかしの女よ。今の若い娘にゃとってもできないね。今なんかみてみなよ、姑にだって負けちゃいないもん。へたすりゃ逆に苛めたりなんかして。旦那の浮気に対してだってそうだよ。速攻離婚ってヤツよ。おまけに慰謝料ガッポリいただき山ってぐらいなもんで』

「でも、晩年は幸せだったんじゃないですか。若旦那みたいな孝行息子さんに恵まれて」

『うれしいこと言ってくれるね、マキちゃん。だから、この店へいのいちばんに来ちゃうんだよなぁ。このウバ桜小路をハシゴするんだって、まずはいろはのいの字の「イザベル」へってなもんよ。なんたってこちとらぁ、そのあと“年増苑”へ戦いに行こうってえ命知らずの戦士よ。戦の前に心を落ち着けられるとこったら、この店っきゃないのよ、わかる?』

調子でてきたぞ、若旦那。
「そんなに落ち着きますか。ただ暇でお客さんがいなくて静かだってことじゃ……」

『だめだめ、マキちゃん。ものごと何でも考え用。ホラ、あのシミの走った壁でもさ、角の禿げたテーブルでもさ、くすんで変色しちゃったようなカーテンでも、流行らなくて儲からないから模様替えできないなんて思っちゃだめ。アンティークな雰囲気をいまに残すって、そう考えなくっちゃ。実際、このカウンターに座ったとたん、古き良き昭和の時代へタイムスリップできるんだぜ。そんな店、そんじょそこらにゃない』
「……ほめていただいてるんですよねぇ?」

『あたぼうよぉ。このウバ桜小路の年増連中だってみんなそれが目的で来てるんだぜ。落ち着けるって』
「まぁ、なんだか会員制みたいだけど、ウレシイですよね、そう言っていただけると」

『それでさ、さっきの話の続きだけど、……どこまで話したっけ……』
「若旦那のお母さんが晩年幸せだったって……」
『そうそう、それよ。まあ、婆さんも死んじゃって、親父も若い頃の元気はなくなってすっかり色気が抜けちゃうし、こんな与太郎でも息子が跡を継ぐ気になってるし、ここ10年ちかくは自分のやりたいような切り盛りができたんじゃねえのかなぁ、お袋も。……そう考えりゃ、若い時分の苦労も帳消しよ。んで人生トントンってこと。だろ?』
「そうですねぇ。いいことばかりはないけど、わるいことばかり続くわけでもないってことですかねぇ」

って言ってみたものの。ほんとにそうだろか?
やることなすことマイナス、マイナスで、結局そのままおっ死んじゃうヤツだっているよなぁ。反対に、生まれた時から幸運っていう電車に乗りっぱなしで、途中下車もせず、そのまま終着駅まで行っちゃうってヤロウもいるんじゃないのかな。

人生結局プラマイゼロ、って言ってあげたいし、言ってみたいけどそうじゃないね。もし、ホントにそうだとしたらオレ、神の存在信じちゃうもの。

『だからさ、アタシなんか若い時分、さんざやりたいことやってきただろ。そのツケがいま来てるってわけ。女房子供もいない風来坊だし、パッとしねえ店もあたしの代で終わり。ご先祖さまに顔向けできねえって、親父がよく言ってたっけ……』
「でも、若旦那、まだ人生半ばでしょう」
『まぁな。人並みにおまんま食べられてるし、こうやって好きな所で好きな酒を飲めるってことは、あながちマイナスとはいえねえかもなあ。ハハハハハ……』
「そうですよ。考えてみれば若旦那の人生、プラスばかりじゃないですか」
『そうかなぁ……。そうねぇ、そう言われてみりゃ苦労らしい苦労ってしてないものなぁ。人生トントンって考えたら、この先がコワイってか? ハハハハハ……』
「ハハハ……ほんとに、あとは野垂れ死にだけだったりして」
『……バカヤロウ……、縁起でもないこと言うねぇ』
「スイマセン……」


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