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●二の字二の字の…… [day by day]

雪の足跡.jpg

雪でした。

昨日の予報でそういっていたので、今日は出かけずに家で猫のように丸くなっているつもりでした。

とはいっても、月末。銀行などいかねばならないところもあるので。
午後から雪はやむような予報でしたが、早いうちに用事を済ませてしまおうと、午前中雪降る中を、久々のゴム長履きででかけました。

歩いて片道10分程度。往きは通りをとぼとぼと。クルマ通りも少なめとはいえ、たまに物流トラックや、デイサービスの送迎ミニバスなどが。
まだシャーベット状態とはいえ、足元はかなりおぼつかない。
そんなわけで、帰りはいささか遠回りになりますが、駅前からえんえんと続く公園を通って帰ることに。

あたりまえだけど、公園には人っ子ひとりもいないどころか、いつも見かけるハトやカラスの連中も退避中で姿なし。
それでも雪降る公園を往くのはなかなか気分がいい。
遊具やベンチも雪化粧だし、野球グラウンドも一面の白。

家に近づいたところで、いつもの通路ではなく、野球グラウンドやテニスコートと違って周囲にフェンスのない、ゲートボール場を横切って行くことに。

さすがに午前といっても10時をすぎていたので、処女雪というわけにはいかず、何人かの足跡がグラウンドを横切っていました。
なるべく前人未踏の場所を選んで歩き、やがてグラウンドを渡りきるところで、ふとわが足跡を振り返ってみたい衝動に。

今さら、とも思いましたが、別に振り返ったって石になってしまうわけでもなし、人影もないので歩みを止めてさらりと振り返ってみました。

なんのことはない雪上の足跡がはるか向こうから続いています。それは真っ直ぐではなく、微妙に蛇行しています。ブレながら死出の旅をつづける己が人生のようで。なことはどうでも。

振り返って自分の足跡を観るなんて、初めてかもしれません。まぁ、雪の日だからこそできることで。

家に帰ってからは一歩も外へでずに、このブログを書くことをはじめ、普段の仕事に忙殺されなかなかできなかったことでもして、過ごそうと考えています。

そんな「初体験」で思い出したのが「雪上の足あと」FOOTPRINTS IN THE SNOWという曲。
お察しのとおりカントリーというか、ブルーグラスです。
ビル・モンローやフラット&スクラッグスの演奏で知られています。

雪が積もると今は亡き彼女のことを思い出すという、追憶ソング。

雪の積もる日にはじめて彼女を見た
そして、雪の上のその小さな足あとに自分の足跡を重ねるように、彼女を追いかけた……

ロマンチック(死語かな)ですね。
ブルーグラスというと、ドタバタ劇(これまた死語か)のBGMにつかわれるぐらい賑やかな印象がありますが、こうした純情男の心情をうたったものがよくある。

1曲だけではもの足りないので、もうひとつ。
雪がバックグラウンドとなったブルーグラスといえば、このブログでも何度もまるで押し売りのように紹介しているエミル―・ハリスの「雪に映えるバラのように」ROSES IN THE SNOW。

こちらも死んでしまった恋人への追憶ソング。
もちろんエミルーがうたっているので、天国へ行ってしまったのは彼のほう。

幸福な冬のある日 ふたりで雪の上にそっと置いた燃えるようなバラの花が忘れられない というラブソング。

やはり2曲より3曲のほうが「すわり」がいいので、さらにもう1曲。
雪の歌が思い浮かばないので別の歌を。
[FOOTPRINTS IN THE SNOW]での悲劇のヒロインの名前はNellie なので、ネリーの歌を。

いくつかありますが、追憶の歌が続いたので最後は明るい歌がいいですね。

ネリーと出会ったんだ! ネリーと出会ったんだ!

と麗しの女神と出会えた喜びを爆発させているのがカントリー・ジェントルメンなどで聴ける「ダイナおばさんのキルティング・パーティ」AUNT DINAH'S QUILTING PARTY([SEEING NELLIE HOME]というタイトルでとりあげる場合もある)。

今年はじめてのブログ。
今月は無理かな(1月からかよ)って思っていましたが、雪のおかげでアップすることができました。

今年は昨年よりいくらか時間がとれそう(とる!)なので、カラオケとブログの回数をふやしたいと思っています。
読んでいただいているみなさま、遅ればせながら今年もよろしくお願いいたします。


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●明日は選挙だ、準備はOK? [day by day]

徴兵.jpg

どうすっかな……。
まったく今回ほど腰が重い選挙はない。

テレビ新聞の報道では、自民党大勝の予想。場合によっては単独三分の二なんて話も。
そういわれちゃうとなぁ。

わが国のトップは何を考えているんだか。
予め勝つとわかっている戦いを、あたかも雌雄を決する局面のように叫ぶスタンドプレイ。

まあダメ押しというのか、状況がわるくなる前に、アベノミクス、集団的自衛権、エネルギー政策等、すべて己が青写真を遂行できる環境を強固なものにしてしまおうという魂胆。
あとで、状況が変わっても土台はびくともしない、そんな体制をつくってしまおうというのだろう。

そんなのに付き合っていられますか?
というような風潮で、投票率の低下は目に見えている。

とくに若者の棄権率の高さが報道などでいわれている。
若者の投票率の低さはいまはじまったことではないのだけれど。

「ちゃんと食えてるし、好きなことできてるし、今がいいんだからいいじゃん」
そんな若者ばかりではないと思うけれど、周囲をみているとそうした「選挙? 関係ないっしょ」っていう若者がマジョリティのように思える。

バランスを逸した過ぎた偏りは「独裁」を生むわけで、それを許すことは、やがて将来、そのツケを払わされることになる。そのことを覚悟しておかなければならない。

最後に何か歌を。

若者たちの意識にとても悲観的なものを感じて、未来予測的に松山恵子の「だからいったじゃないの」でもとも思いましたが、いろいろな意味でこんな歌をYOU-TUBEから引っ張ってきました。

さあ、明日は何をおいても投票へ行こう。
とまあ、自分を叱咤しているわけなのです。


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●カラオケで抒情歌 [day by day]

ビルマの竪琴195602.jpg

忘れてしまわないように、抒情歌をもう一度。

子どもの頃に覚えた歌っていうのは、どれもこれもフェヴァリットソングです。

前回あげた歌以外でも、思いつくままに書きつらねると、

ふるさと
椰子の実
朧月夜
故郷の廃家
みどりのそよ風
みかんの花咲く丘
海(♪松原遠く)
花嫁人形
春の日の花と輝く
雨(♪雨がふります雨がふる)
灯台守
花(♪春のうららの)
叱られて
しゃぼん玉
旅愁
赤とんぼ
故郷を離るる歌
あの町この町
この道
カチューシャ
行商人
埴生の宿
追憶
夏の思い出
小さい秋みつけた
夕日(♪ぎんぎんぎらぎら)
おお牧場はみどり
おおブレネリ
静かな湖畔
別れ  (♪さらばさらば わが友)

キリがないのでこの辺で。
タイトルはやたら出て来るのにね。

で、こうした歌を聴いたときに懐かしい歌詞、旋律とともに甦ってくる映像があります。
いちばん多いのは、小学校、中学校の音楽の授業風景。
当時の級友の顔もあるし、先生も昔のままで浮かんでくる。
「行商人」なんか、校庭のフォークダンスの光景が。

だいたいは合唱としてうたった歌。
ソロでうたうこともなくはなくて、教室ではなくて家や外ではときどきうたってました。
憶えているのは、小学校の帰り道。

小学校1、2年は大田区に住んでいたのですが、3年になって寅さんの町・葛飾区へ引っ越しました(柴又ではなかったけど)。
とにかく驚いたのが、鉄の町からいきなり一面の田園風景。まるでテレポートした気分。堆肥の匂いには慣れるまで少し時間がかかったけれど、風景は新鮮で楽しかった。白鷺が飛んでたり、青大将が飛び出したり。かえる、どじょう、雷魚、ザリガニなんかうじゃうじゃ。おおげさじゃなくて近くの川で泳いでたヤツもいた。昭和30年代の東京の話。

で、小学校の話。普通の通学路もあったけど、下校のときなど田んぼのあぜ道を通って帰るのが好きでした。いい気分でね。友だちと遊ぶ予定がないときはたいがいひとりで帰るわけで、そんなときよく歌をうたってました。
その頃はすでに歌謡曲にも目覚めていましたが、よく口をついて出たのが抒情歌。
前回とりあげた「故郷の空」とか「椰子の実」とか「我は海の子」とか。
今考えるともはや味わうことのできない素晴らしい時空間でした。とりわけ春とか秋とか気候のよい時期はまさに至福の時だった(ような気がします)。

特定の友だちを思い出す歌っていうのもある。
たとえば「みかんの花咲く丘」は、小学校時代、病気がちであまり学校に来なかった女の子。とくに好きだったということはなかったけれど、なぜかこの歌を聴くと、上品でおとなしかったその子のことが思い出される。まあ、そんなことも。

想い出ばなしはこのへんにして、今回も抒情歌を4曲。

抒情歌を聴くなら、××児童合唱団や、安田・由紀姉妹、あるいは鮫島有美子、倍賞千恵子の美声が定番です。が、今回は健さんのことがまだ尾をひいていますので、古えの映画人がうたったものや、映画のなかでうたわれたものを。

まずは「月の砂漠」
うたうのは、これも懐かしい森繁久彌。
この人は独特の「森繁ぶし」で多くの抒情歌をレコーディングしています。
いちばん好きなのは「水師営の会見」なんだけど、これは抒情歌というより軍歌に近いからやめときました。

つぎは「埴生の宿」
市川崑監督が2度にわたって映画化した「ビルマの竪琴」のなかでつかわれていました。
YOU-TUBEはいささか長いので、「水島、一緒に日本へ帰ろう」のクライマックスで流れる「埴生の宿」だけを聴きたい人は、8分45秒あたりからどうぞ。

3曲目は「仰げば尊し」
アメグリカン・グラフィティにさきがけて全編童謡・唱歌で彩られた名作映画といえば木下恵介監督の「二十四の瞳」。
これも何度か?リメイクされていますが、やはり高峰秀子の大石先生に尽きます。
「仰げば尊し」はYOU-TUBE「埴生の宿」の中でも聞けましたが、何度聴いてもいいでしょう。

さいごは、能書きなしで、これまた懐かしき役者・小沢昭一の熱唱を(ハモニカもいいよ)。

とにかく、忘れないためにも、老化防止(なるかな)のためにも、たまには童謡・抒情歌をうたったり、聴いたりしたいと思うのですが。

聴く分にはどこかにあるだろう音源を引っ張り出してデッキに放り込めばよいのですが、うたうとなると……。
部屋の中でひとりでうたうっていうのも、寒々しいものがありますし。
かといって、カラオケで演歌やムード歌謡が交錯するなか、「次、春の日の花と輝く」なんて言えないものなあ。「引き潮」間違いなしだものね。
♪春の日の花と輝く……
ん、今度やってみっか。


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●抒情歌でてこい [day by day]

人生劇場・飛車角と吉良常196802.jpg


先日用事があって電車で郊外へ向かっていたときのこと。

降りたことのない駅に電車が止まり、ドアが開き、降りる人も乗る人もないまま、数分でドアが閉まり……。とその直前に、発車を知らせるチャイムが。

その聞き覚えのあるメロディーに思わず耳をそばだてた。
唱歌の「牧場の朝」。

電車が動き出すと、わたしは脳内カラオケで「牧場の朝」をうたい始めた。
♪ただいちめんに たちこめた まきばのあさの きりのうみ
 ぽぷらなみいきいに うっすらと…………

あれっ。そのあとが出てこない。メロディーはわかっているのに歌詞が出てこない。いくら考えても何一つ出てこないのだ。

それから3つめの目的の駅で降りた。
目的の場所までは徒歩で15分程度。その間、ひたすら好きな唱歌をうたいまくった。
もちろん人通りがあるので、脳内カラオケでだが。

♪われは海の子 白波の ………… 松原に 煙たなびく とまやこそ わがなつかしき 住処なれ

白波のあとが出てこない。とりあえず飛ばして、「住処なれ」と1番を歌い終えてダ・カーポ。しかし2度目も、「白波の」まででフリーズ。これはおかしい、へんだ。

♪狭霧消ゆる湊江の 舟に白き朝の霜 ただ水鳥の声はして いまださめぬ …………

なんだっけ、最後のフレーズ。だめだ出てこない。
それからさらに何曲かうたってみたが、完璧にうたえた歌はたったの1曲だけだった。
老化とはいえ、たいへんなことになってしまった。

もちろん用事をすませて、家へ帰り、抜け落ちた歌詞を調べてみた。
「牧場の朝」の続きは 
♪ポプラ並木の(「に」ではなかった)うっすりと(「うっすら」ではなかった) 黒い底から勇ましく 鐘が鳴る鳴る カンカンと

「我は海の子」の欠落した歌詞は「さわぐ磯辺の」だった。

そして「冬景色」一番のさいごは「岸の家」。それだけではなく、「舟に白き」ではなく「舟に白し」だったし、「いまださめぬ」ではなく「さめず」だった。嗚呼。

どんなに親しんだものでも使わなくなれば消えてしまうということだろう。唱歌もたまには聴いたり歌ったりしなければ忘れてしまうということだ。

高倉健さんの訃報を聞いたのはその翌日だった。

その日行われていた日米野球サッカー国際試合もすっとんでしまった。

それから数日間、テレビではほとんどのチャンネルでエピソードと独自の映像で健さんを偲んでいた。
同じ映像、同じナレーションを何度もリピートしている。それでも飽きもせず画面に見入ってしまう。健さんが動き、健さんが喋ればなんでもいいのだ。何度でもいいのだ。
しばらく前から流れていた健さんのCMも相変わらずやっている。
そのたびに、手を休めて画面をみつめてしまう。

80歳を超える齢であれば、もはや大往生という言葉もあながち間違いではないのだろうが、健さんに関しては、ビートたけしが言っていたように「死ぬことが信じられない」という思い。
不死身ではあるまいし、いつまで生きれば納得できるのかといわれると返事に困るが、とにかく高倉健の死は信じられないのだ。死ぬはずがないのだ。勝手だけど。

追悼とか偲んでということではなく、これからしばらく健さんの映画を観ようと思う。いまでも時々渥美清を観るように。
「網走番外地」、「残侠伝」、「侠客伝」、「飢餓海峡」はもちろん、好きな「駅 ステーション」、「居酒屋兆治」、「ホタル」……、まだ見ていない小百合さんとの「動乱」とか「海へ」とか「四十七人の刺客」とか。

そう考えるとなんだか楽しみになってくる。さすがだな、死んでもなおわれわれを楽しませてくれるのだから。

さいごに、健さんにかかわる歌を何か。
「唐獅子牡丹」や「網走番外地」、「男の裏町」などのもち歌もいいけど、健さんが好きだった歌がいいな。

といってもプライベートをあまりあからさまにしない健さんなので愛唱歌、愛聴歌についてはよくわからない。
よくいわれるのが、カントリーでも歌われている「ミスター・ボージャングルズ」
いい歌だよね。歌詞がちょっと映画「ショーシャンクの空に」を連想させるような。
なんでも、高倉健のドキュメンタリーで健さんの好きな歌ということで、何かのシーンのバックに流れていたとか。

また、健さんに関するある本に、中国へ行ったときに「夜霧のブルース」に出てくる四馬路(すまろ)へ行ってみたい、というようなことが書いてあった。
ということは、かなり「夜霧のブルース」が好きで口ずさんでいたであろうことは想像できる。この歌は健さん血気盛んな16歳のとき、ディック・ミネによって歌われた。
ディック・ミネは戦前戦後にかけてその「男くささ」で日本男児を魅了した歌手だった。もしかすると健さんもファンだったのかもしれない。

ほかでは、いま流れているCMのBGMにつかわれている井上陽水の「少年時代」も健さんの好きな歌だとか。

いずれにせよ、きっと、たくさんの映画を観ていたのと同じようにたくさんの歌を聴いていたのだろう。

ただ、わたしがふと知りたいなと思ったのは、健さんが幼いころに口ずさんでいたであろう童謡や唱歌、つまり抒情歌。
人並みにマザコンであった健さんのことだから、きっと好きなお母さんからいろいろ歌を教えてもらっていたのではないでしょうか。

また、終戦直後、旧制から新制に切り替わった高校時代、戦前とはちがって遠慮することなく音楽の時間に内外の溢れんばかりの抒情歌を習い、かつ歌ったのではないでしょうか。

では健さんがどんな抒情歌を好み、口ずさんでいたのか、それを教えてくれる本や雑誌を目にしたことがないので、特定することはむずかしい。

ただひとつ、もしかしたら、と思える映画のワンシーンを思い出した。

「ホタル」という特攻隊で生き残った男が空に散った親友の妻と一緒になるという話で、そのなかで、健さんがその親友が好きだったという歌をハーモニカで吹くシーンがあった。
それがスコットランド民謡の「故郷の空」。

どうやら吹き替えではなく、健さん本人が吹いていたようだ。

ある本に、ハーモニカを吹くシーンにあたってプロのレッスンを受けるように監督かプロデューサーから健さんに話があったようだが、健さんは「この主人公はきっと習ったのではなく独学で習得したのでしょうから」と言ってひとりで練習したというようなことが書いてあった。

ということは、おそらく選曲は戦前からある曲で、健さんが吹きやすい、つまりよく耳になじんだ曲ということで、自ら提案したのではないか。短時間で習得するにはそうした愛唱歌がいちばんいいのだから。

まあ、そんな勝手な想像で「故郷の空」を選曲してみました。
少年時代の健さんが、どんな状況でどんな顔してこの「故郷の空」をうたっていたのか、想像してみると、なんとなく嬉しくなってくる。

実は、冒頭で書いた脳内カラオケで唯一歌い切れた曲がこの「故郷の空」でした。


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三つの歌●演歌・女篇 [day by day]

夜間飛行.jpg

やっぱりダメだったか。

逸ノ城の新入幕優勝ならず。
「大相撲を嘗めんなよ」
と相撲の神さんがいっているようで。

それにしても、さすが白鵬。
インタビューの端々に「ちょっと待ってくれよ、どれだけの超新星か知らないけど、オレと対等な扱いは失礼じゃないか。まだまだ……」というような自信がのぞいておりました。

しかし、逸ノ城がとてつもない素質を秘めた力士であることに異を唱える相撲ファンはいないでしょう。
あの強面が、相撲に勝って花道を下がるときに付き人に対してみせる笑顔が、なんとも純で好青年。
できることなら、あのまま髷を結わずにザンバラをトレードマークにしてもらいたい。無理だけど。

とにかくどれだけ早く横綱になれるか楽しみ。

では本題に。

今回は前回に続いて演歌。今度は女性歌手で。

3曲というか、3人を選ぶのがひとくろう。
年功序列でいけば、大月みやこだとか二宮ゆき子だとか三沢はるみもいますが、フェヴァリットで選べば、八代亜紀、ちあきなおみ、そして都はるみの3人でしょうか。
“四つの歌”ということなら藤圭子を加えたいのですが、いずれまたということで。

まずは都はるみ。
ヒット曲の多いこと。あたりまえだけど。
でも、石川さゆりもそうだけど、ベテランになるにつれて、人生だとか、文芸作品風だとか“大袈裟”な歌が多くなるのがカナシイ。やっぱり男と女の恋物語でいいんじゃないでしょうか、流行歌は。

ですから、はるみ節もサブちゃん同様初期の歌がいい。
「レモン月夜の散歩道」なんていいなぁ、と思ったのですが、YOU-TUBEで探したら全部シロウトさんのカヴァー。
たしかに上手な人もいるけど、やっぱりカンベンしてもらいたいんすョ。

それで“第二希望”の「さよなら列車」
昭和20年代後半から30年代にかけての歌謡曲黄金時代を髣髴とさせる昭和41年のヒット曲。

そうそう、あの頃は日本各地を列車が走り回っておりました。
当時列車といえば煙モクモクの蒸気機関車のこと。ディーゼルもあったけど、そんじゃ絵にならない。

岡本敦郎の「高原列車は行く」、春日八郎の「赤いランプの終列車」、そして三橋美智也の「哀愁列車」と恋に、別れに似合うんだな列車が、また。

作曲は師匠の市川昭介。
作詞はゴジラ映画の脚本家でもあった関沢新一。
関沢さんは元祖「鉄ちゃん」で、後年は鉄道カメラマンとして、また蒸気機関車の専門誌の編集長として異彩を放っていたとか。
作詞家としてヒット曲も多く、いくつかあげてみますと「ダイナマイトが150トン」、「皆の衆」、「柔」、「学園広場」「泣いてたまるか」など(歌手省略)。
都はるみではほかに、「涙の連絡船」や「アラ見てたのね」が。

2人目はちあきなおみ。

もう完全引退なのでしょうね。
ナオミ・キャンベルじゃなくてなおみカムバックは、もはやナオミの夢のようで。

わけのわからないことを言ってないで、歌を。
「黄昏のビギン」や「夕笛」なんかのカヴァーも捨てがたいのですが、やっぱりオリジナルで。
ちあきなおみ=演歌でいいのでしょうが、なんとなくポップスの香りがしますね。
昭和44年のデビュー曲「雨に濡れた慕情」はそうでもないけど、そのあとの「四つのお願い」や「X+Y=LOVE」なんかそういう感じ。

で、選んだのは「喝采」でレコード大賞を獲った翌年、昭和48にリリースした「夜間飛行」。作詞・吉田旺、作曲・中村泰士の「喝采コンビ」。
中村泰士の曲って「心のこり」(細川たかし)もそうだけど、どこかバタくさい。元ロカビリアンだからでしょうか。
この歌もサビのあたりからそんな感じです。
夜の飛行機で恋人とから遠ざかっていくという設定も当時としては新鮮でした。

さいごは八代亜紀。

この人もヒット曲数多あるけれど、ピカイチといえばやっぱり「舟唄」。定番だね。

♪お酒はぬるめの燗がいい 肴はあぶった烏賊がいい
これ一番。
♪店には飾りがないがいい 窓から港が見えりゃいい
これが二番。

「飾りがないがいい」って日本語ではない。
飾りがない方がいい、とか、飾りがないのがいいっていう意味で、旋律に合わせるのならば「飾りがなくていい」でしょうが、流行歌に文法は必要ない。

作詞の阿久悠はわざと「の」を省いて「ひっかかり」をつくっているのですね。
これは阿久悠独自のテクニックではなく、流行歌詞ではしばしばつかわれる手法。
たとえば昭和13年に世に出た曲で、戦後村田英雄にカヴァーされた「人生劇場」(作詞・佐藤惣之助)でも、
♪やると思えば どこまでやるさ
と「どこまでも」の「も」を省略している。
でも、流通してしまえばコッチのもの。誰もが「どこまでやるさ」と口ずさむのだから。

流行歌ってそういうラフなところがいいんですよね。

そうです、舟唄でした。

もうこの名曲についてあれこれいう必要はないでしょうが、ひとつだけつけ加えておくならば、この歌をさらに名曲たらしめたのが、映画「駅 ステーション」(監督・降旗康男、脚本・倉本聰、出演・高倉健、倍賞千恵子ほか)だったということ。

残念ながらYOU-TUBEは、かのシーンではありませんでしたが、大晦日の夜、倍賞千恵子の営む一杯飲み屋で高倉健の胸に背中を預けながら、二人だけでテレビ紅白を見るというシーン。
テレビではまさに八代亜紀が「舟唄」をうたいはじめるところ。

名シーンでしたね。日本映画史上に残るラブシーンでしたね。
さくらさん、じゃなくて倍賞さん、健さんが刑事だって知らないんだよね。
ラストがまた切ないんだ。未見の人のためにいわないけど。

最後にふたたび大相撲の話。
栃ノ心もやりました。15戦全勝の十両優勝は把瑠都以来だそうです。来場所は幕内復帰なるのかな。

あとは今場所気力体力とも最低だった服部に頑張ってもらって、今場所2ケタ勝利で、来場所初の三役入りが期待される長身・勢とともにまずは大関を獲ってほしい。

勢は相撲甚句の名人のようで、先日テレビ東京の歌番組に出て、懇意にしている山本譲二の「みちのくひとり旅」と琴風の「まわり道」をうたってました。
琴風ほどじゃなかったけど、上手でしたね。
でも、歌のうまいお相撲さんて、せいぜい大関どまりなんだよなぁ。増位山にしろ琴風にしろ。
服部くん、くれぐれもレコーディングなんてしないでね。


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三つの歌●演歌 [day by day]

喧嘩辰.jpg

洋楽ばかりを聴いていると、無性に邦楽が恋しくなるんだなあ。

で、久しぶりに邦楽をと考えましたが、さてどういう歌を。

金木犀が匂い、曼珠沙華や朝鮮朝顔がチラホラの秋です。ならば秋にふさわしい歌でもと考えましたが、なぜか演歌を。

というのは、最近時間をみつけては、CDをパソコンに取り込んでいるのですが、こないだその作業をしつつ聴いたのが北島三郎の2枚組ベスト。
大御所になってしまったサブちゃんの歌は、いまいちピンときませんが、初期の「なみだ船」や「兄弟仁義」、「帰ろかな」、そして「函館の女」をはじめとする「女シリーズ」。
改めて聴くといいですねえ。まぁ、「風雪流れ旅」まででしょうか。

映画にたとえると黒澤明のようなもので、「七人の侍」、「用心棒」、「野良犬」、「天国と地獄」などは素晴らしかった。しかしそれも「どですかでん」までで、あとの作品はちょっと……。というのと似ている。

というわけで、今回は演歌を3曲。

といいつつ、実は演歌はさほど好きではない。でも「演歌」と聴いただけで顔をしかめる洋楽あるいはJポップ一辺倒の音楽好きほど、嫌いでもない。

そもそも演歌とは昭和でいえば40年代前半に定義されたいわば流行歌では“新参者”。歌手でいったら都はるみや藤圭子あたりから。
だから、彼女たちよりデビューの早かった北島三郎は当初、演歌歌手とは呼ばれていなかった。流行歌手、あるいはたんに歌手っていってたかな。

だからよく某NHKの司会者や民放懐メロ番組のMCが「演歌は日本人の心のふるさと」などといっておりますが、あれはウソくさい。
ではどんな歌が日本人の心のふるさとになりうるのか……。
若年層がどうかという懸念はありますが、やっぱり「赤とんぼ」や「ふるさと」、「我は海の子」、「仰げば尊し」、「故郷の空」に代表される唱歌じゃないんでしょうか。
「故郷の空」なんてスコットランド民謡だもの。
そんなアチラの歌まで望郷歌にしてしまう、この日本人の懐の深さというか雑さ加減。

そろそろ本題に。

まずはやっぱり、とっかかりのサブちゃんこと北島三郎御大の歌を。
はじめにも言ったように好きなのは初期の歌。
いろいろありますが、ベストは「喧嘩辰」

昭和39年といいますから東京オリンピックの年にリリースされた1曲。
「兄弟仁義」や「帰ろかな」が40年ですから。それより早いヒット曲(ではなかった)。

東映映画「車夫遊侠伝 喧嘩辰」の主題歌で、主演は内田良平、相手役は桜町弘子。監督がまた「遊侠一匹」の加藤泰ときて、サブちゃんも脇役で出演、していたらしい。ということはつまり見ていないのです。

じっさいこの歌、さほどのヒット曲ではなく、私が知ったのはその5年後。
かの「男はつらいよ」第一作の中で。
こんな名シーンとともに忘れられない歌となりました。

誰が選曲したのでしょうか。山田洋次監督か、寅さんか、はたまたほかのブレーンか。個人的には渥美清が、と思いたいのですが。

渥美清につきましては、とりあげたい歌もありますのでいずれまた。

2曲目は堀内孝雄の「カラスの女房」

アリスが好きだったわけでも、演歌に転向した堀内孝雄のファンというわけでもありませんが、なぜかたそがれているこの歌はたまに聴きたくなります。

カラスの女房ってどんな意味なのか、いまいち不明ですが、「女房」っていうのがいかにも演歌っぽい。戦前には「うちの女房には髭がある」なんて歌もありましたが、「女房きどり」、「時代屋の女房」、「恋女房」、「あねさん女房」と演歌御用達のキイワード。
Jポップじゃまずつかわれないものね。

荒木とよひさの意味不明の歌詞もいいけど、堀内孝雄の曲もいい、それに川村栄二のアレンジもなかなか。
ちなみにこのアレンジャー、堀内孝雄のほかに、チョー・ヨンピル、キム・ヨンジャ、ケイ・ウンスク、前川清、門倉有希などの演歌歌手の曲をてがけていますが、中村雅俊の「心の色」や加藤登紀子の「百万本のバラ」もそう。

この歌は競作で、中澤裕子盤も負けず劣らずいいですね。というか、ほとんどの女性演歌歌手にピッタリ合いそうな歌です。

最後は琴風の「まわり道」

この歌をカラオケで熱唱するオヤジは結構いる。
わたしも、カラオケではたまに演歌をうたいたくなりますが、この曲は恥ずかしくてダメ。
またヘタクソにその気になってうたわれるのも閉口。

やっぱり本家か、うたの上手な演歌歌手のカヴァーで聴きたい。
いまでいえば誰でしょうか、最近の歌手はあまり知らないのですが、女性歌手では無理だし、森進一や五木ひろし、あるいは前川清でもないし、氷川きよしでは絶対ないし、冠二郎とか新沼謙治あたりかな、聴いてみたいのは。ちょっと目線を下げまして……。

でもやっぱり本家を超えるカヴァーはなさそう。
この歌の魅力は、琴風の見事な歌唱と天才・三木たかしのメロディーですからね。
なかにし礼の詞はちょっと時代がかって恥ずかしい。
この2人の合作といえば、黛ジュンの「夕月」が思い浮かびます。

そう、琴風といえば、いま大相撲がスゴイ。
人気を盛り返しています。わたしも毎日のようにチラチラと見ております。

新星・服部、新大関・豪栄道の話題もありますが、今場所の主役はなんといっても超新星、新入幕で1横綱2大関を破り、100年ぶり?の新入幕優勝も見えてきた逸ノ城。

とにかく強い。
十両時代にテレビで見て、その大きさと強さにびっくりしましたが、これほど早くヒーローになるとは。
双葉山の現役時代は知りませんが、吉葉山―鏡里の時代からの「相撲ウォッチャー」(ホントかよ)としては、大鵬に匹敵するほどの強さだと感じています。

問題はあの巨体。好きだった把瑠都もそうでしたが、巨漢はしばしばヒザを傷める。
大昔でいえば大起とか大内山とか(知らないよね)。

それさえなければ来年中には横綱、というほどの勢いであり、実力であります。
明日(もう今日です)の白鵬戦は、今年一番の“大一番”でしょう。風前の灯だった相撲協会だけに、ここぞとばかりに盛り上げますね。いいことです。

それ以外でも、40歳で勝ち越した旭天鵬、大怪我で長期休養を余儀なくされながら今場所連続十両優勝を果たした栃ノ心、同じく1年以上の休養から先場所序の口、今場所序二段と、連続優勝した濱口という2人のカムバックストーリなど、話題にことかかない今場所です。
とりわけ小結までいきながら幕下まで転落した栃ノ心は、先場所逸ノ城に勝って十両優勝している。 

ただ、逸ノ城も栃ノ心も外国人力士。
もはや3横綱すべてモンゴル人でインターナショナル化した大相撲で、それはそれで仕方がないけど、正直いえば「いでよ! 純日本人!」の思いも。

まわり道でもいいからさ、誰か日本人横綱になってよってば。


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三つの歌●アメリカン・オールドタイミー② [day by day]

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まったく、これが夏かと思うほど日照の少ない八月が終わろうとしています。
とうとう「夏の歌」はやりそこないましたが、生きていればまた来年があります。

いま面白いのはロシアでやっている柔道の世界選手権。
日本は男女ともに2つずつの金メダルを獲って好調だが、ニューカマーとして印象的だったのが銀メダルを獲ったふたり。

女子70キロ級のヌンライ華連と男子100キロ超級の七戸龍の2選手。
とりわけ七戸選手は、現時点での絶対王者で世界選手権5連覇中のリネール(フランス)に指導ポイントで惜敗。後半、大内刈りで王者を横転させたがポイントにはならず(「効果」のあった時代なら勝っていた)、そのままタイムアップ。
予選からほとんど短時間で相手を一蹴していたリネールとフルタイム戦っただけでもスゴイ。
ともにハーフというヌンライ華蓮、七戸龍のふたりは23歳ということでも共通している。今後が楽しみ。
なにかと負のイメージの多かった柔道だけに、明るい材料です。

スポネタはこのへんにしまして、本題に。
柔道の歌でもいいけど、「柔」(美空ひばり)、「柔道一代」(村田英雄)、「姿三四郎」(姿のり子)、「柔道一直線」(桜木健一)ではちょっと……。そうなると……。
何もないときは好きなカントリー、アメリカンミュージックになっちゃいます。

以前やったアメリカの古い音楽の第二弾ということで。
まずはこの歌。

「うかつな愛」Careless Love

ほんとに多くのシンガーに歌われているオールアメリカンの愛唱歌。もちろんどんなジャンルでも。
たとえばジャズならビリー・ホリデーやダイナ・ワシントン。ポップスならローズマリー・クルーニーやヘレン・メリル、コーラスならミルズ・ブラザース。カントリーならエディ・アーノルド、ブルーグラスならビル・モンローなど。ブルーズならベッシー・スミスやジャニス・ジョプリンがいるし、もちろんピート・シーガーやジョーン・バエズらフォーキーたちも。

歌詞は様々ですが、タイトルからもわかるように失恋歌。去って行った元恋人を怨み、己を罵り、「なんて日だ!」と小峠のように嘆いている(そんなことはないけど)。

この歌がつくられたのは1920年代はじめ。
ブルーズマンのW・C・ハンディによってつくられた。ハンディは「セントルイス・ブルース」の作者としても知られている。
純然たるオリジナルというわけではなく、アパラチア地方の古謡をベースにつくったとか。
ということはマウンテンミュージックと同じルーツなので、ほかにも似たような歌があるかもしれない。

つくられた当初は「ケアレス・ラヴ」ではなく「ラヴレス・ラヴ」という題名でレコーディングされている。
YOU-TUBEは、作者ハンディとサッチモの「ラヴレス・ラヴ」で。
なお、この「ラヴレス・ラヴ」、戦前、まだアメリカ音楽が“敵性音楽”ではなかった昭和10年(1935)、「ミルク色だよ」というタイトルで中野忠晴とコロムビア・リズムボーイズがレコーディングしている。(おそらくミルズ・ブラザーズを手本としたのでしょう)

中野忠晴、いい歌手でした。戦後は三橋美智也や松島詩子のヒット曲を手掛ける作曲家として活躍するが、戦前はジャズソングのみごとなクルーナーでした。
もっと評価されていい歌手です。
では、2曲目を。

「古い十字架」Old Rugged Cross
オールド・ラグド・クロスは1912年伝道師であり、教会の歌唱指導者だったジョージ・ベナードによってつくられたゴスペル。
愛する家族が眠る古くいかつい十字架。跪くたびに苦しみと後悔を覚える十字架。
やがていつか、わたしが彼らのもとへ行くときまで、この十字架を慈しみつづけていくだろう。
そんなゴスペルは、1950年代に入って多くのカントリーシンガーにうたわれることになります。カントリーばかりでなく、ジャズやブルーズシンガーにも愛され、セントルイス・ブルースやセントジェームズ病院のブルースのように葬送曲としてデキシースタイルで演奏されることも。
そうしたジョージ・ルイスに代表されるデキシーのインストもいいけれど、ヴォーカル入りもなかなかのもの。

アラン・ジャクソンは現代のカントリーミュージックシーンを代表するひとりで、ジョージア出身の56才。1988年に本格的にデビューしている。
幼いころ両親の影響でゴスペルを聴いていただけあって、このての歌はお手のもの。いい声ですね。イケ面だし。

最後はこの曲。
「非情な海」Deep Blue Sea

イギリスのトラディショナルソングを、モダンフォーク全盛の60年代はじめにウィーバーズやオデッタがレコーディングしたもの。
ピート・シーガーも単独でレコーディングしている。わたしが初めて聴いたのもピート盤。

いわゆる「海の歌」SEA SONG のひとつで、その多くは航海に出た恋人の船乗りとの悲しい別れをうたったもの。
また、そうしたセイラーズストーリーは、しばしば遭難という悲劇をともなうことがある。

この歌でも恋人の船乗り・ウィリーは荒れ狂う波にのまれてしまう。
そんな恋人を銀のショベルで穴を掘り、金の鎖とともに埋葬してあげよう、とうたっている。そうすれば、輝く太陽の下、きっと彼は帰ってくると。

これも好きな歌ですが「藍色の海に出た船乗り」Sailor on the deep blue sea も似たようなテーマです。

例によって単純なメロディーと歌詞。
若いころ覚えた歌ですが、40年以上経ったいまでも、何かの折に突然口をついて出てくることがあります。
こういうのが愛唱歌なのでしょうね。というよりメロディーも詞も単純だからでしょう。

ところで最初の「ケアレス・ラヴ」の話ですが、なんとなく聞き覚えのあるメロディーではなかったでしょうか。
カントリーではよく耳にするメロディーラインがつかわれています。

日本でも似た歌があります。
似ている曲

編曲もカントリーっぽく、コード進行などはほとんど同じですね。
まあ、“狭い音符の世界”ですからこの程度の類似では“盗作”にはあたらないのでしょうが。

柔道世界選手権の最終日は団体戦。
日本の結果は……、ニュースには目をつぶり、耳をふさいで深夜のテレビ放送をみるぞ。


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●ブックオフでジャズ・ピアノ [day by day]

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先日、新宿のブックオフで本を何冊か買いました。

ブックオフは何年か前からよく利用しています。
おかげで、めっきり神保町へ行く機会が減りました。
月に一度、共栄堂のカレーを食べに行くぐらいだな。

ブックオフは従来の古書店に比べて、本がきれいですし、何よりも廉い。

わたしが常づね古書店に対してもっていた不満は、本がきたないということ。
古本だから多少きたなくてもしょうがないだろう、というのは限度の問題で、経年のヤケがあったり、シミがあったり、表紙にスクラッチと呼ばれるキズがあるのはいっこうにかまわないのですが、埃まみれになっているものは辟易してしまいます。

とりわけ店頭に並べている100円、200円の本などは、仕入れてきてそのまま並べたっていう感じで、触るのも躊躇するほどよごれていたり。

100円、200円といったって商品は商品。煙草のヤニや埃でよごれた商品を平気で売る店なんて古本屋ぐらいしか思いつかない。

それに比べてブックオフはと感心していたのはしばらく前まで。最近は「ブックオフよお前もか」といいたくなるほどきたない本が多くなっています。とりわけ100円の本。

たしかに大量に仕入れなければならず、人手も限られているとなると、廉い本のクリーニングにまで手が回らなくなるというのは理屈かもしれないけれど、それでは町の古本屋と変わらなくなってしまう。

それでも値段が廉いぶんまだましか、と思っていたら最近はそうではない。
先日みた本は定価より高かった。なんでもヴィンテージものだということだが、それじゃ、「キレイで廉い」というコンセプトもどこへやらということに。

愚痴はこのへんにして。

その新宿のブックオフでBGMに流れていたのが、ジャズピアノ。有線だとは思いますが、ほかのブックオフのようにオリジナルのディスクジョッキーがJPOPばかりを流すのよりはいいや。

そのジャズピアノ、プレイ・ザ・ビートルズのようで、ミッシェルとかレット・イット・ビーなどを演っていました。

誰の演奏なのかはわかりませんでしたが、このBGMに触発されて、帰宅してから俄然ジャズピアノが聴きたくなって。(相変わらずの“影響されちゃう症候群”)

選んだのは、聴き始めのころはまったテディ・ウィルソン

残念ながらCDもレコードもテープも、二年前引っ越ししてから荷解きがいまだ済んでいない状態で押し入れに放り込んであります。
したがって、いつものようにYOU-TUBEでお手軽に。

紹介するのはブルースを3曲。

まずは、有名なセント・ジェームス病院St. James Infirmary Blues
これはサッチモやティーガーデンなど多くのジャズメンが演ってますし、ヴォーカルヴァージョンもあって、最近ではエリック・クラプトンで聞いたこともあります。
日本でも今は亡き浅川マキが忠実な訳詩でうたっていました。

ピート・シーガーをはじめ、アメリカのフォーキーたちもセント・ジェームス病院をうたっていますが、こちらはSt. James Hospital で大西部時代のゴーストが出没するという病院をうたった別の歌。こちらも好きな歌ですが。

YOU-TUBEはモントルー・ジャズ・フェスティバルの実況盤で、印象的なクラリネットはデイヴ・シェファード。

残りの2曲は、これも以前よく聴いた、
ブルース・イン・C#マイナー Blues In C Shap Minor

そしてレス・ポール&メリー・フォードで知られるスタンダードの
バイ・バイ・ブルース Bye Bye Blues を軽快なスイングで。

はなし戻りまして、新宿のブック・オフでのこと。
本棚の中に、以前からちょっと読んでみたいなと思ったことのある(だいたいは読まずに終わっています)ノンフィクションの文庫を発見。

20年あまり昔の本で、それなりにヤケていますが、表紙はまあまあキレイ。
値段も350円と廉かったので買うことにしました。

しばらくほかの本を物色したあとカウンターへ。
すると横の買入れのカウンターにひとりの40代とおぼしき女性がバッグから文庫本を1冊取り出して店員に、売りたい由のはなしをしていました。

若い男性の店員はその文庫本を手にとり、一瞥すると、
「10円になりますけど……」と。

婦人は驚いた様子で、
「だって、これ400円とか500円で売るんでしょ? だったら100円ぐらいにしてちょうだいよ」
「それは、チョット……」
「…………!」
「それなら20円で…………」
「もういいわよ、売らないわよ」

と商談決裂。
婦人は本をひったくるように(自分のですから)バッグに入れ、怒りあらわに去っていきました。
店員は何事もなかったように。

わたしは本をほとんど売ったことがないのですが、若い頃、一度だけ神田へ本を売りに行って、驚くほどたたかれた経験があるので、婦人の気持ちもわからないではありません。
10円かぁぁ……。

そうそう、買い求めた文庫本。
これがなかなかいい買い物で、現在読んでいるところなのですが、久々に「当たり」。
著者はこの本ともう1冊、そして共著の1冊を書いて亡くなっているのですが、「この人の本をもっと読んでみたい」と思わせるほど、シンクロしてしおります。

それと、念のために、ネットで調べたところ、amazonで売られていたこの本の最低価格がなんと3000円以上。ヤッタァ!


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●うそうそうそよみんなうそ [day by day]

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ウソすなわち虚言が問題になっています。

世の中は虚言にみちている、と綴っていたのは「徒然草」でした。
わたしも生まれて60年あまり、どれだけ多くのウソをついてきたことか。

それでも、そのことで誰かを傷つけたりわが身に火の粉がふりかからなかったのは、たいしたウソではなかったからなのかもしれない。(いや、自覚がないだけで誰かにダメージを与えていたのかも)

クラシック音楽に疎く、とりわけ現代音楽はまるで聞かないわたしなので、和製ベートーベンさんのことは事件が公になるまで、その名前さえしりませんでした。

ゴーストライターはどんな業界んもほぼ存在するわけですが、自分ではまるで創作していなかったっていうのがスゴイです。
騙されてCDや、自伝本を買ってしまった方がたには申し訳ありませんが、あれは喜劇かコントのように思えて仕方ありません。

叱られるかもしれませんが、ポール・ニューマン映画「スティング」で感じたような快哉すら覚えてしまうこともありました。
もちろんこんどの事件は、結末がグダグダで、すこしもカッコよくありませんでしたが。

それにしてもNHKや出版社をはじめとしたマスコミを10数年にわたって騙していたとは。彼がペテン師として超一流だったのか。それとも、ほかにも“共犯者”がいたりして。
騙され続けたマスコミは、その反省もものかわ、当のペテン師を袋叩きにしています。

その図式が日本の希望の星ともてはやした、STAP細胞の生成に成功したという「リケ女」に対しても使われているような気がします。
こちらは、日本のベートーベン氏とは違って、生命にかかわる問題だけに、ある人たちの希望を一瞬のうちに失望に変えた(また希望に変わるかもしれませんが)という意味で罪深い。

ただ、あの“ウソ論文”が直接的な実害という意味では、どうなのでしょうか。
いちばんの被害者といえば、彼女の所属していた会社でしょう。なにしろ信用失墜もはなはだしいのですから。

その怒りからでしょうか、会社側の調査の中間報告という記者会見では彼女に対してボロクソ。自分のところの社員が仕事の一環としてやらかしてしまった“ウソ”に対して、あそこまで言うか、と感じるほど。
挙句の果てには「あの年齢では無理」とか「会社としてチェックすることは不可能」とか。まるで他人ごと。

それは、いかに己が会社の管理体制がルーズで杜撰かということを力説しているように聞こえてなりません。実際に外部の人間には彼女の“ウソ”を見抜いていた人がいたのですから。

しかし、疑問に思うのは、なんでリケ女さんは、これほど簡単にバレるようなウソをついてしまったのかということ。
実際に一度STAPの生成に成功し、それを再現できなかったため、都合の良いプロセスをねつ造してしまったのか。
それとも、STAP細胞とは彼女の夢幻の世界にのみ存在するものであって、周囲の人間がその幻に巻き込まれてしまっただけだったのか。

この出来事がどのように終息するのかわかりませんが、科学者生命が絶たれかねないリケ女さんにはいささか同情を禁じえません。

この和製ベートーベン事件と堕ちたリケ女事件で見えたことは、騙されたヤツ(マスコミと会社だな)の怒りはすさまじいってことでしょうか。自分たちの無能を棚に上げて。

でも“ウソ”が露見したことで、これほど社会が注目した事件が続いたのはめずらしい。これでもかっていうくらい持ち上げていたものなぁ、マスコミ“各氏”は。その反動か、張本人に対して、血祭りにあげずにはおくものかっていうほどの気迫が感じられます。

誰でもウソはつくけれど、いまいちばん気になるウソは、「いや解釈によってはそれはウソとはえない」とばかり真実を捻じ曲げてしまうウソじゃないでしょうか。

例によってエンディングは音楽で。
純和風の邦楽と、あいも変わらずのカントリーの2曲で。
もちろんどちらもフェヴァリットソングです。ウソじゃないよ。


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●ソチ五輪閉幕 [day by day]

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ソチ五輪もようやく終わってくれました。

なにしろLIVE中継が夜中というか、早朝というか、まぁシンドかったこと。

しかし、金メダルがただの1個でも、なんだかんだ言っても、いつになく盛り上がったオリンピックではありました。

とりわけ、閉幕まぎわの浅田真央のフィギュアスケートは、掉尾を飾るにふさわしいパフォーマンスでした。
しかし、日本というかマスコミは騒ぎすぎ。もし金メダルを獲ったとしてもあれほどの騒ぎになったかどうだか。

また、もしあれが逆で、ショートで上位に入り、フリーで失敗してトータル6位だったら、おそらく今回の10分の1もとりあげられなかったんじゃないかな。成績は6位でかわらないんだけれど。「巻返し物語」が好きなんだよね、日本人は。

とはいえ、彼女のあの試合後の、そして帰国してからのインタビューでの笑顔をみていると、ヨカッタ、ヨカッタと思うのですけれど。
また、この騒ぎをみていると、いかに日本人の多くが浅田真央を愛しているかがわかります。

その半分でいいですから、17歳の少女、高梨紗羅に同情だけではなく、愛をそそいでほしかった。
五輪初競技、初出場で4位、すばらしい成績です。
にもかかわらず「申し訳ない」と言わせてしまう、あの雰囲気。

でもあのワールドカップでの連戦連勝ぶりをみていれば、「まず金、間違いなし」と思ってしまうものね。われわれ素人だけじゃない。元ジャンプのメダリストたちだって「金メダルは99%確実」って断言していたもの。

それが全部17歳の少女の肩にのっかかっちゃったんだよね。
そのプレッシャーにたじろがないわけがない。なにしろオリンピックなんだから。

紗羅さんはめずらしいくらい礼儀正しい女の子です。
友だちとの会話はいざしらず、インタビューでの受け応えでは、「チョー」とか「マジ」とか「メッチャ」とか「ウレシイッス」とか聞いたことないですから。

いえ、そういう若者言葉をインタビューだからつかってはいけないというんじゃないんですよ。ただ、誰もがつかうから、つかってあたりまえだから、逆につかわない若者が光ってみえるということだけなのです。

まぁ、1回目のオリンピックは終わったけれど、彼女のジャンプはまだ続いていくわけで、彼女が世界最強のジャンプガールであることは誰も疑わないわけで、4年後にはそれを証明してくれるはずです。まぁ、オリンピックですから99%の確率で。

今回のオリンピックで印象に残ったアスリートベスト5をあげてみますと、
●高梨紗羅
●上村愛子
●葛西紀明
●渡部暁斗
●浅田真央

最後にとくに意味はありませんが、サラ愛子の歌を。


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