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小麦色⑥焼けた素肌 [color sensation]

山口百恵A.jpg


♪…………
 彼が窓辺で話しかけるわ
 流れる雲さえ季節の色だと
 私は軽いめまいを感じ
 マニキュアの指 かざしてみるの
 ア ア ア イミテーションゴールド
 ア ア ア 焼けた素肌が
 ア ア ア イミテーションゴールド
 若いと思う 今年の人よ
 声が違う 年が違う 夢が違う ほくろが違う
 ごめんね 去年の人とまた比べている
(「イミテーション・ゴールド」詞:阿木燿子、曲:宇崎竜童、歌:山口百恵、昭和52年)

「小麦色」に「ブロンズ色」、くわえて「琥珀色」と日焼けの色にもいろいろありますが、流行歌の中で、もっとも多い表現はというと、「ブロンズ」、「琥珀」はもちろん「小麦」だって落選。

ダントツの第一位は「焼けた素肌」
なんともストレートな。

「素肌」がただの「肌」になったり、「頬」あるいは「胸」、「腕」、「背中」と具体的なからだの部位になることはありますが、とにかく「焼け」ちゃう。

あえて「小麦色」や「ブロンズ色」なんていわなくても、たとえば「焼けた素肌」といえば小麦色の肌を連想するんですね。
「焼けた肌」で黒こげを想像する人はまず少ないでしょう。

上にのせた「イミテーション・ゴールド」(山口百恵)は昭和50年代のヒット曲。
どうやら新しい恋人の彼が小麦色のようです。

しかしこのシチュエーション。
海辺の別荘あたりで、朝早く波乗りをしてきた彼が、目覚めて窓をあけ放った彼女に話しかけるってところですか。

それにしても彼のいいぐさときたら、
「ホラ、見なよ。あそこの流れる雲さえ季節の色を感じさせてくれるぜ、ったく……」
だって。
ずいぶん、キザというか詩人というか、今風にいえばメンドクサイやつですよね。
だから彼女はイラッときて眩暈までひきおこしちゃったんじゃないでしょうか。

いきなり脱線のようで。

「焼けた肌」のルーツも昭和30年代、西暦でいえば60年代まで遡れます。
「小麦色①月影のキューバ①」のところでもふれたように、「焼けた肌」もやっぱり、夏場の海への「国民大移動」が顕著になった昭和30年代半ば以降の流行歌にみられるフレーズではないでしょうか。
おそらくそれ以前の、とりわけ戦前の歌謡曲にはなかったのでは、と推測できます。

で、すぐに思い浮かぶのが、またまた登場元祖双子デュオのザ・ピーナッツ
曲もおなじみの夏歌「恋のバカンス」
♪陽にやけた頬よせて ささやいた約束は

そもそもバカンスという言葉が世にはびこりだしたのもこの頃ですからね。もはや死んでしまっているのかもしれませんが。(でも時々聞くよね)

作詞岩谷時子、作曲宮川泰で、約半世紀前のポップス。いまだうたわれているのがスゴイ。曲もいいけど詞もいいんでしょうね。

昭和40年代にはいるとこの2曲。
まずは「真赤な太陽」(美空ひばり)
♪はげしい愛に 灼けた素肌は

作詞は今年の5月に亡くなった吉岡治。こうして改めて聴くと美空ひばりがいかに、流行に敏感で貪欲だったかということがわかります。

「真赤な太陽」といえば黛ジュン
平成14年にCD化していますが、実は当時(昭和42年)レコーディングしていたものを復活させたのだとか。なんで“お蔵入り”になってしまったんでしょう?

黛ジュンはその年「恋のハレルヤ」でデビュー(渡辺順子でレコードを出しているので再デビュー)しましたが、翌年ヒットしたのが「天使の誘惑」
♪陽に焼けた胸に 飛び込むでしょう

ミニスカートをトレードマーク(古い?)にした彼女はまさに夏のイメージ。

50年代はまさにアイドルの時代。
先の山口百恵の「イミテーション・ゴールド」をはじめ、

「夏にご用心」桜田淳子
♪焼けたからだの砂が こぼれて落ちる 夏の午後

「私はピアノ」高田みづえ
♪焼けた素肌が今でも なつかしい

「ピンクのモーツァルト」松田聖子
♪あなたへと灼けた腕 巻きつけるのよ

男だって「灼けた肌」をうたっちゃう。
「ブルージーンズ・メモリー」近藤真彦
♪きらめく銀のネックレス 灼けた肌 きまりすぎだぜ

とまあ、よくも焼いてくれています。みなさん。

勢いにのって昭和を突き抜け「平成」までいってしまいましょう。

♪日焼けした肌まだ黒い 楽しい思い出
「私がオバさんになっても」森高千里
森高さんホントにオバさんになっちゃたと思うんですが、海ではどんな水着になるんでしょう。

♪日にやけた強い腕 根元だけ黒い髪
「ナナへの気持ち」スピッツ
ヘンな女・ナナへの讃歌ですね。それにしても強い腕ってぶっといってことですか?いや筋肉質のって感じでしょうか。

♪焼けた背中 口づけの スコールを
「エンドレス・サマー」矢沢永吉
背中に口づけっていうのもなかなかエロっぽい、いやイロっぽいですね。

♪灼けたあなたの背中 砂より熱くて
「純情」チューブ
こちらも背中。
なんだかんだいっても「焼けた肌」の“常習者”といえばチューブでしょう。
ほかにも、「セイリング・ラブ」、「あの娘に急上昇」、「夏に片想い」などで灼けた「素肌」や「肌」がでてきます。

探せばもっとあるでしょうし、みんなの好きな「あー夏休み」では、
♪It’s all right 抱いたっていんじゃない 焦げた素肌を
って「焼けた」より過激な「焦げた」になっちゃってたり。

その「焦げた」で思いついたのですが、「小麦色」に替わる日焼けの色として、「キツネ色」なんてどうでしょう。
前にもいいましたが、フランスでは日焼けを「パンの焦げた色」っていうようですし、焦げたパンといえば、こんがりふかふかキツネ色ですし。

♪キツネ色した あの日の笑顔(初恋のひと) とか
♪若い二人は キツネ色(銀杏並木)とか
♪わたし裸足のマーメイド キツネ色なの(小麦色のマーメイド) とか
♪キツネ色のmemory,yeah(栞のテーマ)
なんて。どうでしょう? 
キツネだけに、コン プリート!てか?(オカダなみに寒いでしょ)


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小麦色⑤街角トワイライト [color sensation]

琥珀.jpg 


Hold Me Tight, Hold Me Tight
My Little Girl
♪琥珀色した首筋に 俺のイニシャルのペンダント
 愛してる 愛してる ささやいた Lovely Girl
 …………
 南風 受けながら 生まれたままの姿で
 愛し合い 夜明けまで Night On The Beach
Hold Me Tight, Hold Me Tight
My Little Girl
…………
(「街角トワイライト」詞:湯川れい子、曲:井上忠夫、歌:ラッツ&スター、昭和56年)

「ブロンズ色」もそうでしたが、もうひとつ日焼けした肌の「小麦色」以外の表現としてあるのが「琥珀(こはく)色」

琥珀amber はジュエリーとして知られていますが、元は鉱石ではなく、樹脂が永い年月を経て化石化したもの。
映画「ジュラシック・パーク」で“虫入り”の琥珀がでてきたので知っている人も多いと思いますが。

たしかにライトブラウン系の色で、日焼けの色といえばそうかも。

歌ではたしかに上にのせたラッツ&スター「街角トワイライト」の冒頭にでてきます。
別に首筋だけが琥珀色で顔は白いって、そういう歌じゃありませんよ。
全身が琥珀色で、たまたま目がいったペンダントが首筋だったという話です。説明することでもないですけど、あえて。

これも「ブロンズ色」と同様、作詞家のアイデアなのか、ほかではあまり聞きません。
どうにかみつけたのがチューブ[Surfer Girl]

♪陽ざしにからまる琥珀色した肌 so nice!…… 

コンガリ娘に恋い焦がれた男のラヴソングですね。「街角トワイライト」のようなステディな関係ではまだないようですが。

詞・曲とも前田亘輝

しかし、琥珀色が日焼けの色っていうのは……、だなぁ。

琥珀色ってジュエリーでもわかるとおり、ブラウン系でも透明感のある色ですから。

そうそう、昔こんな歌がありました。
♪むかし アラブの えらい お坊さんが
 …………
 琥珀色した飲み物を 教えて あげました
西田佐知子でヒットした洋楽カヴァー「コーヒー・ルンバ」

どちらかというと紅茶のほうが近いかなって気もしますが、たしかに珈琲の色の表現としては、的を射てます。
液体ですから、透明感もありますし。

しかし、珈琲、紅茶よりももっと琥珀色がふさわしいのがウイスキー。

ちあきなおみ「紅い花」でも
♪琥珀のグラスに 浮かんで消える 虹色の夢

とでてきます。
「琥珀のグラス」とはもちろんウイスキーのことですね。

もうひとつ、昔(かなり)、テレビのCMでよく耳にしたのが、
菅原進がうたった「琥珀色の日々」
♪思い出は 琥珀色に そまりゆく

ウイスキーのCMですが、ウイスキーはでてきません。
でもタイトルで「琥珀色の日々」が表示されれば、CMの内容と琥珀色がつながるのは自然。


歌の内容は、男が、今一緒にいる恋人(妻)との昔日の思い出にひたっているという状況。
仕事を終えたあと、自分の書斎でウイスキーグラスを傾けながら夏の日の思い出にふける。なんて映像をイメージしてくれたらウレシかったんでしょうね、CM制作者やクライアントは。

いずれにしても、この「琥珀色」はウイスキーの色と、思い出の色、つまりセピア色のダブルミーニングになっているわけです。

「セピア色」はモノクロ写真の退色した色ですし、印画紙の光沢で透明感もありますし、「琥珀色」といえないこともない?

ほかにも「琥珀色」を思い出の色としてうたっている歌があります。
あみん「琥珀色の想い出」
♪素敵な琥珀の想い出が手を振る……

こちらは失恋歌。琥珀色になっちゃったんだから相当時間経ってますね。それでも忘れられないっていう未練節。

「琥珀色」と「セピア色」。ちょっと違うような気もしますが、感じ方ですから「同じだよ」っていう人もいるでしょう、きっと。

それにしても陽に焼けた肌の色、珈琲の色、ウイスキーの色、そして思い出の色。
なかなか奥行きのある色ですね、琥珀色。

まだまだほかにいろいろなものの喩えとしてつかわれているんじゃないでしょうか、琥珀色。
たとえば結婚式とかオープニングセレモニーとかのイメージカラーとしても。
「それは、琥珀じゃなくて紅白だろっ」ってバレバレですね。


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小麦色④モンローウォーク [color sensation]

七年目の浮気1955.jpg

♪つま先立てて海へ モンローウォークしていく
 いかした娘は誰? ジャマイカあたりのステップで
 眼で追う男たちを 無視して腰をひねり
 ブロンズ色の肌 光になまめき弾む
 昼下がりの ざわめく浜辺
 噂のうず 巻き込む潮風
 胸もとの汗キラリ 眼のやり場にも困る
 口説き落としたい君 そしらぬ素振りもセクシー

(「モンローウォーク」詞:来生えつこ、曲・歌:南佳孝、昭和55年)

焼けた肌の色は? と訊ねればまず10人中8、9人は「小麦色」とこたえるのではないでしょうか。それほど定着しているというか、独占状態の表現になっているといえます。

しかし、なにからなにまで「小麦色」というのは、表現者としては「陳腐」と思うでしょうね。
そこでいろいろ頭をひねくり回して、他の言葉を考えてみる。
でも、そういう「新語」というのはえてして浮いてしまい、失敗に帰するケースが多いもの。「そりゃねえだろう」だの「ちょっとムリあるな」なんていわれて。
だいたい流行歌というのはホンモノの流行の後追いでうたわれるものだからしかたのないことではありますが。

上に詞をのせた「モンローウォーク」では「小麦色」を「ブロンズ色」といっています。

これは、なかなかいい表現だと思うのですが。
たとえば、やはり焼けた肌の色のことをむかしから「赤銅色」(しゃくどういろ)といいますから、まったく突飛な発想ではありませんし。

ただ、そのまま♪赤銅色の肌…… なんて歌詞にするとこの歌のトロピカルでシャープな雰囲気がローカルでチープなものになってしまいますから。
だいたい「赤銅色」っていうのは、漁師など男の肌の色のことをさす場合がほとんど。

「金銀銅」でいっても「金色」「銀色」とはいうけれど「銅色」はあまりきかない。
英語では「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」とそのまま。
「ゴールド色」「シルバー色」なんていわない。
それをわざわざ「ブロンズ色」というのは、ゴロあわせや旋律にのせるためというのもあるのでしょうが、違和感はない。

残念なことにその後、「ブロンズ色」がつかわれ、一般化することはありませんでしたが。
なんでですかね。いいと思うのですが、すこし気取りすぎてるんでしょうか。

とにかく「小麦色」を「ブロンズ色」と言い替えた作詞家は来生えつこ

ごぞんじ来生たかおのお姉さんで、シャープな詞を書き、作曲の弟と組んだヒット曲も多い。姉弟での作詞作曲っていうのはめずらしいですね。
兄弟ならビリー・バンバンがいますけど。

ほかに「ブロンズ色」の歌がみつかりませんので、今日は「輝け!来生えつこショー」ということで。

浅い夢 来生たかお
来生たかおのデビュー曲。作曲も弟さん。「疑問符」をうたっている河合奈保子がカヴァーしてます。

モンローウォーク 南佳孝
うたいはじめの部分、スロー(ブギじゃないよ)なサンバにすると「リカード・ボサノヴァ」(ザ・ギフト)に聞こえちゃう。でも名曲です。作曲も南佳孝

GOODBY DAY 来生たかお
初期の名曲ですね。

セーラー服と機関銃(夢の途中) 薬師丸ひろ子
“カイカン映画”の主題歌。歌もヒットしました。姉弟の最大のヒット曲。

シルエット・ロマンス 大橋純子
某ペーバー・バックのイメージソングじゃなかったでしょうか。

スローモーション 中森明菜
デビュー曲だけに翌年の大ヒット曲「セカンド・ラブ」より印象が強い。

ふたたびの 小林幸子
めずらしい……くもないか、ニューミュージック系の歌を演歌歌手がうたうのって。

挟み撃ち 来生たかお
平成になってから出た小説のタイトルをモチーフにしたアルバム「アナザー・ストーリー」の1曲。小説「挟み撃ち」は後藤明生の作品。

ほかに美空ひばりに提供した「笑ってよムーンライト」なんてのもありました。
いずれも昭和50年代のはなしです。

で、話を「モンローウォーク」に戻して。
考えてみてもみなくても昭和55年、つまり1980年、すなわち30年前の歌。
郷ひろみがカヴァー(ほとんど同時期)しなければ“忘れられた歌”になっていたかも。

ましてや「モンローウォーク」の意味など、いまの若い人にわかるのかな。
そもそも「モンロー」がもはや時代に埋没してしまっているんじゃなかろか。
「マリリン・モンロー・ノーリターン」だもんね。


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小麦色③昭和50年代 [color sensation]

松田聖子.jpg

♪涼しげなデッキ・チェアー ひとくちの林檎酒
 プールに飛び込むあなた 小指で投げKiss
 WINK・WINK・WINK
 常夏色の夢追いかけて あなたをつかまえて泳ぐの
 わたし裸足のマーメイド 小麦色なの
 …………
(「小麦色のマーメイド」詞:松本隆、曲:呉田軽穂、歌:松田聖子、昭和57年)

50年代の「小麦色」はもちろん、アイドルがうたいます。……実はあまり詳しくない……でもこのままいっちまおう。

で、その代表格が松田聖子。で、「小麦色」といえばもちろん「小麦色のマーメイド」

デビューが昭和55年で、「小麦色のマーメイド」はちょうど10枚めのシングル。2年あまりで10枚というのもスゴイけど、デビュー3枚目の「風は秋色」から8曲連続のオリコン1位というのもスゴイ。
さらにこのあと、昭和63年の「旅立ちはフリージア」まで24曲連続1位というのはファンなら周知のことでしょう。まさにスーパーアイドルでした(そのぐらいならわかる)。

作曲の呉田軽穂はいうまでもないですが松任谷由実
松田聖子との“蜜月時代”は57年から59年で、「赤いスイトピー」がはじまりだったでしょうか。次が「渚のバルコニー」で「小麦色のマーメイド」は3曲め。作詞はいずれも松本隆

では、夏の暑さもふたりの関係もいまがピークという「小麦色ソング」をもうひとつふたつみっつばかり。

まずは、昭和53年発売で、あおい輝彦「小麦色のヴィーナス」
♪小麦色の肌に 濡れた髪が光る めまいがするような 愛のヴィーナス

残念ながらYOU-TUBEにはありませんが、3連のバラード。
ハイビスカスや南十字星がでてくるトロピカルなイメージ(キイワードが古いけど)。

あおい輝彦ってけっこう夏の歌をうたっているんですね。
ヒットしたのは「Hi-Hi-Hi(ハイ・ハイ・ハイ)」ぐらいですが、たとえば「湘南ラヴ・ストーリー」とか「湘南ビーチガール」(というよりはビーチボーイズっぽい?)とか「あの娘はマーメイド」などなどのように。
「あしたのジョー」にビーチボーイのイメージはありませんが。

続いて、これもヒットしました。サザン・オールスターズ「栞のテーマ」
♪心にいつもアナタだけを映しているの 
 このまま二人して小麦色のmemory,yeah

彼氏の熱烈求愛ソングです。曲もいいけど詞がクール。だいたいサザンのラヴソングって熱いんだけど、どっかクールな面があるんですね、よくもわるくもベタベタした感情とか情念というものがない。そこがカッコイイんでしょうが。

3つめは夏のデュエットソング「ふたりの愛ランド」(石川優子&チャゲ)昭和59年
♪小麦色に灼けてる おまえのせいさ 風のない都会を 忘れてみないか

♪なつなつなつなつココナツ っていうサビが印象的なノリのいい歌。
でもこの曲、カラオケでデュエットソングとしてうたわれているんですかね。
テンポがありすぎるんでしょうか、それとも曲調、歌詞の内容ともに明るすぎるから。だいたいデュエットソングなんて、疑似前戯的な危なっかしい歌の方がいいんですから。

とくに中高年だったら♪あいあいあいあい愛ランド なんて言ってられないもの。

それ以前に中高年に「小麦色」はないだろうって話もありますけど。

気を取りなおして。
日焼けはNOという人以外はほとんどの人が経験していると思いますが、夏に灼けた小麦色は秋、そして冬と時間が経つうちにだんだん色が抜けてくるんですね。そして次の年の夏の“初焼”では恥ずかしいぐらい肌が白くなっちゃったりして。

ですから、太陽SUNSUNの季節の小麦色と、少し時間の経った小麦色では“焼け具合”だけでなく恋心も微妙に変化したり。

そんな秋から冬にかけての小麦色をうたったのが紙風船「冬が来るまえに」(昭和52年)。
♪小麦色に焼けた 肌は色もあせて 黄昏わたし一人 海を見るの

夏の日の恋って、幻というか(永ちゃんみたいでしょ)、いっときの熱病みたいな場合が多いですね。
よくあるのが、山や海のリゾートであんなに輝いていた男が、そのあと街であったらなんかイメージダウンっていう話。もちろん逆もありますが。

でもそんなケースばかりではない。ビーチや山小屋での出会いを上手に育てていくアヴェック、いやカップルだっています。

また、ちょっとした気持ちのずれでケンカしたまま別れたものの、時間が経つにつれて恋心が募るばかり、ってケースだって。
「冬が来るまえに」はそんな歌。
小麦色が褪せるまえに、なんとかふたりの関係を修復しなくっちゃという女ごころですね。

♪小麦色の思い出を 秋なのに 燃えている 私の心は燃えている
昭和50年に出たアイドル歌謡「小麦色の想い出」(山本由香利)
これも秋になった「小麦色」。トーチソングでしょうか。いかにもという昭和歌謡の曲調は平尾昌晃

夏に出会った小麦色の彼が秋になっても忘れられず、恋心が抑えきれないって感じです。
で、さっきの話じゃないですけど、思い切って電話して街の喫茶店かどっかで逢ったら「あれっ?」なんて思ったりして。そんなことないですよね。自分をその彼にあてはめてはいけません。


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小麦色②昭和40年代 [color sensation]

小川知子「初恋のひと」.jpg

♪そよ風みたいにしのぶ あの人はもう
 私のことなどみんな 忘れたかしら
 のばらをいつも 両手に抱いて
 朝の窓辺に 届けてくれた
 なぜだか逢えなくなって 恋しい人なの
 …………
 小麦色した あの日の笑顔
 私ひとりが 知っているのに
 今なら恋だとわかる はるかな人なの
(「初恋のひと」詞:有馬三恵子、曲:鈴木淳、歌:小川知子、昭和44年)

最盛期を過ぎたカヴァーポップスに取ってかわるようにティーンズのハートを射止めたのがGS。世は昭和40年代に。

そのGSのなかでうたわれている「小麦色」といえば、THE湘南サウンズ、日本のビーチ・ボーイズなんて……、当時は誰もいってなかったワイルドワンズの看板曲「想い出の渚」(昭和41(1966)年)。

♪小麦色した 可愛いほほ 忘れはしない いつまでも……

まあこの頃になると夏、海に行くのはあたりまえ、ビーチのポータブルラジオや海の家のラジオからGSが流れてきて、それがあの頃の夏の思い出の歌として記憶に刻まれている人もいるんじゃないでしょうか。

ほかにもGSでは……
と続けようと思って困りました。「小麦色」が出てくるほかのGSが思い浮かばないのです。

そういえば、GSで海のイメージがあるバンドというと、ワイルドワンズとタイガースぐらい。あとはなんとなく秋とか冬のどちらかというと暗いイメージ。

なんとか探しだしたのがザ・サベージ「渚に消えた恋」(昭和42年)。

♪あの夏のひざしに君の 肌は小麦色してた

作詞作曲は前年のヒット曲「いつまでもいつまでも」と同じ佐々木勉
佐々木さんにはめずらしいマイナーチューン(転調しますけど)。

探せばまだあるのでしょうが、ヒット曲のなかでは思いつきません。
もちろんGS最盛期といえども、ほかのポップスもありましたし、いまでいう演歌や歌謡曲だってありました。

そんななか、「小麦色」の歌がひとつありました。
作詞・作曲が永六輔、いずみたくなのでポップス系になるのかもしれませんが、デューク・エイセスの「にほんのうたシリーズ」で大阪をうたった「銀杏並木」

♪銀杏並木はみどり色 わかい二人は小麦色

話をGSに戻して。
カヴァーポップスの中心はどちらかというと女性シンガーでしたが、GSはあきらかに男中心。
そのGSの退潮を予感するようにかぶって出てきたのが再び女性中心の歌謡ポップス。

昭和42年には「虹色の湖」(中村晃子)、「恋のハレルヤ」(黛ジュン)、「北国の青い空」(奥村チヨ)、「小指の想い出」(伊東ゆかり)など。
43年になると「天使の誘惑」(黛ジュン)、「恋の季節」(ピンキーとキラーズ)、「ブルーライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ)、「ゆうべの秘密」(小川知子)などが。

そして44年、「恋の奴隷」(奥村チヨ)、「禁じられた恋」(森山良子)、「人形の家」(弘田三枝子)、「夜明けのスキャット」(由紀さおり)、「いいじゃないの幸せならば」(佐良直美)にまじって「小麦色の歌」が。
それが上に歌詞をのせた小川知子の「初恋のひと」

“逢えなくなってはじめて知った……”という歌謡曲の定番ソング。
発売当時、彼女のボーイフレンドのカーレーサーが事故死するというサブストーリーも話題になって「初恋のひと」は売上30万枚というヒット曲に。

作曲の鈴木淳はほかに「小指の想い出」(伊東ゆかり)、「雨にぬれた慕情」、「四つのお願い」(ちあきなおみ)、「なみだ恋」、「ともしび」(八代亜紀)、「霧にむせぶ夜」(黒木憲)などが。

作詞の有馬三恵子は鈴木淳とのコンビの「小指の想い出」のほかに、「17才」、「色づく街」、「純潔」、「早春の港」、「ひとかけらの純情」など南沙織でのヒット曲が多く、ほかでは「朝のくちづけ」(伊東ゆかり)、「積木の部屋」(布施明)、「他人の関係」(金井克子)など。

ともに昭和40年代の“売れっ子”作詞家、作曲家でした。
編曲がまたいいんですけど、川口真についてはまたいずれ。

あの頃はスナックブーム(軽飲食店が看板を変えただけだが)で、わたしが住んでた東京の片隅にもそんな店がポツリポツリと。
で、高校生だったわたしはそんなとある店でコークハイにはまってしまい、風呂へ行くのを口実にスナック通いをしてました。

夜の10時ぐらいでしたか、銭湯帰りのそのスナックのテレビでは前田武彦、芳村真理司会の「夜のヒットスタジオ」が放送されていましたっけ。
わたしはコークハイをなめなめ、小川知子にウットリしていたというバカな高校生でした。そんなことやってたもので、翌年みごとに浪人で、目の前真っ暗。っていうのはいささか大げさで、まぁ、……灰色、いや小麦色ぐらいでしたかね(キツイ)。


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●小麦色①月影のキューバ 後篇 [color sensation]

セリア・クルス02.jpg
♪ パヨパヨ パッパラララ
  パヨパヨ パッパラララ
  パヨパヨ パッパララララ……
  月のキューバの 夜のことよ
  甘い恋の 想い出
  お月さまも 片目つぶって
  ね、プロント プロント 笑ってたの

  いまはどこに いるんでしょ
  探して 探して あの人を
  逢わせてちょうだい 早く早く
  ね、プロント プロント ねお願いよ
  …………
(「月影のキューバ」訳詞:ホセ柴崎、曲:P.WELCH, M.MERLO、歌:森山加代子、昭和35年)

当時のカヴァーポップスの多くがそうであったように、この「月影のキューバ」も各レコード会社の競作でした。

キングのザ・ピーナッツ以外では、東芝が森山加代子、ポリドールが西田佐知子、テイチクがクリスタル・シスターズ、ビクターが木田ヨシ子

わたしは当時森山加代子のファンで、その少し前に「月影のナポリ」がヒットしていました。もちろんこのイカしたイタリアンポップスも大好きで、当然この「月影のキューバ」も加代ちゃんヴァージョンがいちばん。

西田佐知子のカヴァーソングというとなんといっても「コーヒー・ルンバ」ですが、ほかにも何曲かレコーディングしています。「月影のキューバ」以外では、「日曜はダメよ」とか「夢のナポリターナ」が知られています。
「月影のキューバ」は聴くとわかるように、お色気度(今どき言わないか)ではナンバーワン。

クリスタル・シスターズはアンドリュース・シスターズやマクガイァ・シスターズのような女性3人のコーラス、「月影のキューバ」は後半を言語(スペイン語)でうたうというなかなかの大人の雰囲気。それもそのはずこの3人はいずれも武蔵野音大出身の本格派。
ただし、シスターズではなくただの友だちですけど。

そして、木田ヨシ子盤。これは聴いたことがないんです。聴いてみたい。
どんなシンガーだったのかも詳しくはしりません。雑誌にのってる写真をみるとポッチャリ型。昭和17年生まれでデビュー曲は「黒いオルフェ」。ほかに「遥かなるアラモ」「太陽がいっぱい」などのスクリーンミュージックをうたっていたようです。
まぁ、いつの時代もいろいろな人がいるものですから。

で、いよいよ本題というか「月影のキューバ」のオリジナル。

日本ではカテリーナ・バレンテCaterina Valenteのレコードが発売されていましたが、彼女がオリジナルではありません。ザ・ピーナッツのカヴァーの再カヴァーなんです。
「恋のバカンス」もカヴァーしてますしね。多分、日本限定のセールスでしょう。

で、オリジナルはというと、まさに「小麦色」をしたキューバ娘、セリア・クルスCelia Cruz。 原題は「マヒカ・ルナ」Magica Luna。
日本語訳ではだいぶ“創作”されていますが、原詞は「月が輝く夜、そのマジックであなたは私を好きにならずにはいられなくなるだろう」といういかにもラテン系娘の積極的というか超強気ラヴソング。

そして、セリア・クルスといえば、そうです近年亡くなったあのサルサの女王です。

セリアは1925年、キューバはハバナの生まれ。うたいだしたのは1950年といわれています。
そして59年、キューバにカストロによる革命が起こり、アメリカとの国交が断絶します。彼女はその少し前に当時キューバ随一のバンドといわれたラ・ソノーラ・マタンセーラ楽団La Sonola Matanceraとともにキューバを離れていたため、そのまま亡命というかたちでアメリカやヨーロッパで演奏活動を続けることになります。

「月影のキューバ」はまさにそんなときに生まれた曲で、元の歌はユダヤ系の伝承歌だともいわれています。

キューバといえばルンバ、マンボ、チャチャチャ、パチャンガなどリズムの宝庫で、後年サルサの女王となるセリアははじめ、グァラーチャとよばれるダンス音楽を好んでうたい、グァラーチャの女王」とよばれていました。

「サルサ」に「チャチャチャ」に「グァラーチャ」、「ボンバ」……。若いころから、ダンスミュージックひとすじに生きたセリアの存在感があらためて偲ばれます。
それでは、彼女の歌をもう少し。

「メラオ・デ・カーニャ」Meleo de Canňa
サトウキビは蜜の味、それはまるであなたのくちびるのよう、という情熱的な歌。

「ノーチェ・クリオラ」Noche Criolla
日本ではハワイアンとしておなじみの「南国の夜」の元歌。メキシコのオウグスチン・ララのつくったスタンダード。

最後は晩年のセリア。
YOU-TUBEはトリビュートコンサートかラテンミュージックアワードの授賞式の企画かなにかでしょうか。グロリア・エステファンやホセ・フェリシアーノ(懐かしい)などラテンミュージシャン総動員(多分)で、「恋のサバイバル」Yo Vivileをサルサで。(これだけラテンの星が集まると濃厚というか強烈です)

セリアがいかに後輩たちから尊敬されていたかがわかります。
冒頭、感極まった顔でセリアをみつめていたのがご主人のペドロ・ナイトPedro Knight。元ラ・ソノーラ・マタンセーラのトランペッターで、彼女のマネージメントをしていたそうです。

あの世でもグァラーチャやサルサをうたい、踊ってますね、間違いなく。

それにしても、本歌「マヒカ・ルナ」のどこにも「キューバ」など出てこないのに、カヴァー曲はすべて「月影のキューバ」で統一されています。
誰が決めるのですかね。はじめに録音したレコード会社のプロデューサーでしょうか。それを後続のレコード会社がすべて右ならへしてしまうのも妙。変な世界ですね、レコード業界って。

「キューバ」にしたのはやはり、セリアがキューバ娘だからでしょうね。
その頃「月影の渚」にはじまって、「月影のナポリ」だの「月影のマジョルカ」だの「月影のレナート」だのって、ちょっとした「月影ブーム」。

そんななか「ナポリ」と「キューバ」は都市と国のいわば「ご当地ソング」。
日本にもあったんですよ「月影」のご当地ソングが。
「月影の兵庫」って、……ソングじゃないか。


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●小麦色①月影のキューバ 前編 [color sensation]

小麦色②.jpg

♪ ララララ ラーラララーラ ララララ ラーラララーラ
  ララララ ララララーララーラ
  月影青いヤシの下 かわいキューバの娘が
  通りゃみんな 声をかける
  ラララ、ムーチョ、ムチョー ベサメ・ムーチョ

  ひびく陽気なサン・ルンバ
  青い月の光浴び
  小麦色の その肌で
  歌うキューバの恋の娘
(「月影のキューバ」訳詞:音羽たかし、曲:P.WELCH, M.MERLO、歌:ザ・ピーナッツ、昭和35年)


夏だ、海だ、山だ。
なんだか毎年いってるような気もしますが。

正直、この歳になるともはやムリ。
まぁ、山の方は低山ならなんとか。ただし、夏はダメ。

海にしろ山にしろ、あの強い陽ざしが耐えられません。
若いころはあんなに太陽と仲良しだったのに。
いまになって思えばクダラナイことですが、真黒(黒じゃないだろに)に灼くのがカッコイイと思ってました。

いまの若い人もそうなんでしょうね。
夏じゃなくたって灼いちゃうものね、ヒサロとかなんとかいう所で。ピンサロなら知ってんだけど(自慢にゃならない)。

それでこんがり灼けた肌を「小麦色」なんていいます。
「小麦色」っていうのはむかしから日本にあった色の表現で、小麦の籾の色、つまり薄茶といいますか、少し暗めのベージュといいますか、そんな色です。
ちなみにフランスでは日灼けした肌のことを “焦げたパン”という意味で「パン・ブリュレ」っていうんだそうです。人間がパンに替わっただけでストレートすぎるな。

とにかく陽に灼けた肌の色を「小麦色」とは、実にウマイ表現だと思いますね。
誰がいつ言いだしたのかはわかりませんが。

まぁ江戸時代はいわなかったでしょうね。
明治、大正だってあまり聞いたことがない。昭和でも戦前はどうなのかなぁ。

だいたい、夏陽に灼けた人たちがたくさん現れるようになってからじゃないでしょうか。
つまり、戦後、高度経済成長で庶民の懐具合がよくなり、余暇をエンジョイするようになってからでしょうね。
その大爆発が昭和36年の「レジャーブーム」でしょうが、その少し前あたりから夏の「海へ山へ」がはじまってます。

文献を全部ひもといたわけではありませんが、深沢七郎が昭和34年に書いた「東京のプリンスたち」のなかに出てきます、その小麦色が。

主人公の高校生(何人もいる)が友だちのガールフレンドをはじめて見て、
「ありきたりの顔だが小麦色の肌が素晴らしく……」
という感想をいだく。そして、
「ちょっと、ないスケだ」と思う。

つまり顔は十人並みでも、小麦色の肌なら十分女性的魅力を感じるわけで、もはやこの時代で陽やけがセクスアピールに欠かせない要素のひとつであることがわかります。

深沢さん、「楢山節考」とか「笛吹川」とか当時でもなんとなく古くさい小説(なことはないんだけど)ばっかり書いてましたが、ほんとはとてもモダンな人だったようです。
ギタリストでもありますしね。

ちなみに「東京のプリンスたち」はロカビリーが大好きな高校生たちの話で、とくに深沢さんお気に入りのプレスリーのヒット曲(知らない歌もけっこうありますが)がしばしば出てくるのが、音楽ファンにはウレシイことでした。
(こんな“寄り道”してるから本題が短く、薄くなっちゃうんですね)←これが余分

で、本題の歌に。
そんなわけで歌詞のなかに小麦色が出てくるのは昭和30年代なかごろあたり。
上に詞をのせたザ・ピーナッツの洋楽カヴァー「月影のキューバ」(昭和35年)が、そのころの歌。わたしが薄識なだけで、もっと古い歌にあるのかもしれませんが。

ちなみに訳詞の「音羽たかし」はペンネームで、本名は牧野剛といってキングレコードのディレクター。ジャズ喫茶でうたっていた平尾昌章を発掘し、レコードデビューさせたことでも知られています。

ほかに「あらかはひろし」のペンネームでも訳詞をしていて、当時のキングレコードのカヴァーポップスのヒット曲のほとんどは彼の手に。

当時のキング所属のポップスシンガーというと、以下の面々。もちろん日本語詞は「音羽&あらかは」。


江利チエミ 「ウスクダラ」、「カモナ・マイ・ハウス」
ペギー葉山 「ケ・セラ・セラ」、「ラ・ノビア」
中原美紗緒 「河は呼んでいる」、「フル・フル」
平尾昌章 「リトル・ダーリン」、「恋の片道切符」
ザ・ピーナッツ 「情熱の花」、「悲しき16才」
伊東ゆかり 「ロコ・モーション」、「恋の売り込み」
木の実ナナ 「太陽の下の18才」

予定?どおり話が長くなりすぎました。続きは次回ということで。


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SILVER/ロケット [color sensation]

 ペンダント02.jpg 

♪最後のコインに祈りをこめて Midnight D.J.
 ダイヤル回す あの娘に伝えて まだ好きだよと
 …………
 オレの送った銀のロケット 今では違う誰かの写真
 イイサそいつと抱き合いながら 悲しい恋を笑ってくれよ
 涙のリクエスト 最後のリクエスト
 涙のリクエスト 最後のリクエスト for you
(「涙のリクエスト」詞:売野雅勇、曲:芹澤廣明、歌:チェッカーズ、昭和59年)

パラリンピックのアイススレッジホッケー、日本チームは惜しくも銀メダル。大健闘ですよね。

そこで、きょうのカラーは銀、つまりシルヴァー。で、「銀のロケット」。 

「ロケット」といっても宇宙に飛ばすあの物体のことではありません。そんなもの彼女にプレゼントしたって喜ばないものね。えっ? 売れば相当な額になるから喜ぶだろうって? そりゃ、そうだけど……。保管しとくのも大変だし。もういいか。

とにかく飛行体のロケットは[ROCKET]で、オレの送ったロケットは[LOCKET]、つまり首飾り。カメオとか七宝の飾りをチェーンでつないで首からさげるジュエリー。

上にのせた「涙のリクエスト」の歌詞にもあるように、飾りの部分がパカッとあくようになっていて、中に愛しい人の写真を入れたりしてね。経験ないけど。
いまでも売っているのでしょうけど、あまりみかけません。まぁ、写真ならケータイに入れておけばいいわけでしょうから。便利だね、味気ないねぇ。

「涙のリクエスト」は20年以上も昔のヒット曲。
ラジオのDJに想い出の曲をリクエストして、離れていった彼女の気持ちを引き戻そうとする未練タラタラな男の歌。

自分がプレゼントした銀のロケットにいまは新しい彼氏の写真が入っているだろうって想像してる。そういうところが甘いんだよね、彼は。
バイバイした元彼のプレゼントなんて身につけてるわけないじゃん。

もし、彼女がいまの彼氏にフラれたら同じ曲をリクエストしてくれだって。そのくせ、二人のメモリーリングを海に投げるという暴挙。どうなっちゃってるんでしょうか。フラれるわけだよ。
まぁ、人生幸朗じゃないんだから。責任者に出てこられても困るのでこのへんで。

とにかくこの「涙のリクエスト」の古くささは意図的にレトロを強調したもの。ラジオの深夜放送に若者が夢中になった最盛期は昭和も40年代じゃないでしょうか。

この年ならすでにプッシュ式電話が普及していたにもかかわらず、わざわざ「ダイヤル回す」なんていったり。ほかにも「トランジスタ」が出てくるしね。

まぁケータイなどなかったし、パソコンだって一般的ではなくほんの一部に普及していた時代。とはいえ、「ロケット」はもはや“絶滅品種”だったのでは。「ロケット」が流行ったのは昭和30年代前後ではないでしょうか。

その昭和35年頃流行った「山のロザリア」スリー・グレイセス他)には、
♪胸に抱くは遺身(かたみ)の 銀のロケット
とあります。

死んだ恋人のことがいつまでも忘れられないのでしょう。時おり思い出しては涙ぐんだりね。ロマンですね、チックですね。

シルバーとは限りませんが、もう1曲荻野目洋子「北風のキャロル」にも。
♪ロケットでまだ微笑っている あなたの写真
オールデイズナンバーを聞きながら別れた彼を思う、という歌なのでわざわざ「ロケット」としたのかも。「古きことは新しきかな」ってやつですね。

少なくとも昭和40年代に生存した若者は「ペンダント」とは言っても「ロケット」などとはいわなかったなぁ。

そのペンダントでは「銀の~」というのはあまり聞きません。でも、シルバーと限定しなければ、ロケットよりもそのペンダントのほうが多くうたわれているかも。

まずは柳ジョージ「青い瞳のステラ、1962年夏……」
♪……自慢の胸のペンダント……
 俺の髪をなで回しながら 見せてくれた写真

ソバカスの見える胸から無造作に引き出し、蓋をあけて見せてくれた彼氏の写真。
たぶん、いまでいう元カレですね。陽気なステラはそんなことひと言もいいませんが。

いまどき、別れた彼氏の写真を胸に抱いている女なんていないぜ、ってそうだよね、いまどきなら。昔もいなかっただろうって? さあどうだか。
「涙のリクエスト」とはちがって、ステラのペンダントは自分で買ったもの。そして、去っていったのは彼のほう。いまだに忘れられない彼。イカした歌だよね。

そんなステラのペンダントはシルバーではなくゴールド。それもプレーンなヤツ。ブロンドでブルーアイズとくればキンキラキンにさり気なくでしょう。偏見か。

ほかではラッツ&スター「街角トワイライト」
♪琥珀色をした 首筋に
 俺のイニシャルの ペンダント

日焼けに似合うのはシルバーよりも、こちらもゴールドかな。
この歌も仲睦まじき頃の想い出。
これって彼が自分のイニシャルを彫ったペンダントを彼女にプレゼントしたのでしょうか。それとも、彼女が自分で贈られたペンダントに彫ったのでしょうか。……たぶん二人合意でっていうことでしょうね。とにかく、“愛は永遠だ”なんて妄想真っ最中の頃。

夏が過ぎて日焼けが褪せるとともにLOVEも終り、にもかかわらず男はいまだ「もしかして」「まんがいち」の未練節、……という昔ながらの歌謡曲のステロタイプ。

それと真逆なのがかの青春挫折ソング「アカシヤの雨がやむとき」西田佐知子
♪思い出のペンダント 白い真珠のこの肌で
 淋しい今日も あたためているのに あの人は……

ペンダントが二人の愛の証なんだね、まだ諦めきれないんだね。ステラと同じ。女ごころは国境を越えて、なのかな。

そんなもん、捨てちゃうかハンマーで一発ガツンと、……そこまでやらなくてもいいか。とにかく愛の止揚には、まず形而下的変革をなすことによって、おのずから形而上的変革に至らしめる……なんてつまらないことのたまうヒマがあったら先を急げ(自戒)。

歌謡曲でもう1曲は西郷輝彦「星空のあいつ」
♪流れる星ならつかまえて キラリかがやくペンダント

金の星か銀の星か。金銀糾えるチェーンっていうのもありかも。

この歌はいかにも昔の歌謡曲的表現ですね。
よくいえばメルヘンチック、反対ならば幼稚、ウソくさい。だから流行歌なんですけど。
作詞は水島哲。たしか新聞記者で二足のワラジだったんじゃなかったかな。

「星」でいえば、「星は何でも知っている」(平尾昌章)、や「星よ嘆くな」(渡哲也)なんて名曲もありましたし、漣健児ほどではないけど舶来ポップスの“訳詞”もけっこうやってました。「スピーディー・ゴンザレス」(伊藤アイコ)とか「涙のバースデイ・パーティ」(中尾ミエ)とか「情熱の花」(ザ・ピーナッツ)とか「黒い傷跡のブルース」(小林旭)とかね。

またまた話があらぬ方向へ脱線し、とりとめがなくなりそうなので。

ロケット、ペンダントとくればもうひとつの首輪、じゃなくて首飾りはネックレス。
こちらはいまでもジュエリーの主流ですね。
で、シルバーといえば、矢沢永吉「銀のネックレス」があります。
♪折れそうな首筋に 銀のネックレス
危ないオトコと妖しいオンナのワンナイト・ラヴ、ってとこですか。

銀のネックレスなら近藤真彦「ブルージーンズ・メモリー」の中にも
♪きらめき銀のネックレス 灼けた肌きまりすぎだぜ
汽車で都会へ行く彼女が別れのしるしにプラットホームへ銀のネックレスを投げるというドラマチックなストーリー。カッコつけすぎだぜ米兵衛。

そうですよねいまはネックレスですよね。でも昔はこんなのもありましたよ。
♪銀のクルスを胸にかけ 踏絵おそれぬ殉教の 「南海の美少年」橋幸夫
「クルス」とはクロス、つまり十字架のこと。「南海の美少年」は島原の乱の首魁、天草四郎時貞をうたったもの。
いまでもあると思いますが、十字架をヘッドにつけたペンダント。これは息の長い永遠のベストセラーデザインでしょうね。

ロケットにペンダントにネックレス、オシャレですねぇ。いまや男女共通のファッションになっています。
首からさげるオシャレといえばもうひとつ。IDカード。
会社やビルのセキュリティが厳しくなって部外者の侵入をチェックするための身分証明書。それをいちいちポケットから取り出して警備員に見せるのは面倒なのでヒモをつけて首からさげているというわけ。

以前は都心のビルに入っている企業だけだったのが、いまではそこそこ人数のいる会社なら採用しているところが少なくないようです。
オシャレなのかステイタスなのか、なかには警備員なんかいないようなビルの会社でもやっている。まぁ、外部から客が来たとき社員であることはもちろん、どこの部署かということがわかるのでオープンといえばそうなのですが。

で、昼休みになるとそのIDカードぶら下げたまま近所の食堂へ。ちょっとスカしたやつは首のヒモはそのままに胸ポケットに入れたりして。
就業時間中の外出時に携帯することっていう就業規則でもあるんでしょうか。外出中に大地震とかテロが起きて万が一のとき身元を確認するためとか。
そんなサラリーマンの姿を目にするとなんとなく、バリバリ仕事をしていそうに思えてくるからバカにならない。実際はどうでも。

でもなんとなく、幼稚園児やお年寄りの名札みたいで……。個人情報保護なんて風潮のわりには不用心で……。まぁ、そんなものとは無縁な人間の僻みといえばそうなわけで……。
……やってみてぇ! IDカード首からブラリン!


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GOLDEN /イヤリング [color sensation]

レイ・ブライアント.jpg


There's a story the Gypsies know is true
That when your love wears golden earrings
He belongs to you
An old love story that's known to very few
But if you wear these golden earrings
Love will come to you
By the burning fire they will glow with every coal
You will hear desire whisper low inside your soul
So be my Gypsy make love your guiding light
And let this pair of golden earrings
cast their spell tonight
([GOLDEN EARRINGS] lyrics by JEY LIVINGSTON and RAY EVANS, music by VICTOR YOUNG, vocal by PEGGY LEE, 1948)


バンクーバーでの冬季パラリンピックの日本人選手の成績は先日のオリンピックをしのいでいる。
スーパー大回転座位の狩野亮が金メダル。狩野は滑降の銀メダルに続く表彰台。狩野の先輩だという森井大輝も2つめの銅メダルという活躍ぶり。

金メダルはノルディック10キロ立位の新田佳浩に次いで2つめ。
明日、日本チームはアイススレッジホッケーで3つめの金に挑む。

そんな選手諸君のさらなる活躍を願って今日の「カラー」はゴールド。

『夕暮れの道を歩いている小学5、6年くらいの少女。遊びに行った友達の家からでも帰るのだろうか。
ふと道ばたの草むらの中の光るものが目に入った。なんだろうと思ってそばへ近づきしゃがんでみると、きれいな金色の耳飾りの片われだった。少女は辺りを見回し、その素晴らしい落とし物をつまみ上げスカートのポケットにいれた。そして家路を走っていった。

一家団欒の夕食もそこそこ少女は席を立つ。
「どうしたの?」と訝しがる母の声を背に「宿題があるから」と2階へ上がる。

少女は自分の部屋へは行かず、そっと両親の部屋へ。
電気をつけ、鏡台の前へ座り、カバーを取る。そしてポケットから金の耳飾りを取り出し、鏡を見ながら左の耳につけてみる。
耳たぶの下で輝きながら揺れている耳飾り。鏡の向こうから見つめているもうひとりの少女。彼女は、自分よりはるかに大人だった』

誰の作品だったか、昭和30年代を舞台にした、こんなイメージの文章を昔読んだことがありました。
子供から大人へ成長していく少女の様子が、イヤリングという小道具をつかって鮮明かつ印象的に描かれていました。

この話、多分たんなる耳飾りが落ちていたということで、金だとは書いてなかったかもしれません。それを金と思いこんだのは、レイ・ブライアントRAY BRYANTの「ゴールデン・イヤリング」GOLDEN EARRINGS の印象が残っていたからかもしれません。

「ゴールデン・イヤリング」は1947年といいますから昭和22年にマレーネ・デイトリッヒ主演で作られたアメリカ映画「黄金の耳飾り」の主題歌。残念ながら観ていません。

作曲は「八十日間世界一周」AROUND THE WORLDや「シェーン」THE CALL OF FARAWAY HILLSなどスクリーン・ミュージックで知られるヴィクター・ヤングVICTOR YOUNG 。ただ、この歌は元々あったハンガリーのロマ・ミュージックをヤングがアレンジしたものともいわれています。そういわれれば、どことなく雰囲気がサラサーテSARASATEの「ツィゴイネルワイゼン」ZIGEUNERWEISEN に似てなくもない。

名曲なので演奏するアーチストも少なくなく、同じピアノならキース・ジャレットKEITH JARRETT、エディ・ヒギンスEDDIE HIGGINS、スティーヴ・キューンSTEVE KUHU、ケニー・ドリューKENNY DREW などで聴けます。ギターではウェス・モンゴメリーWES MONTGOMERY 。

デイトリッヒがうたっていたぐらいなので、ヴォーカルもあり。
いちばん知られているのはペギー・リーPEGGY LEE でしょう。ほかにはウィリー・ネルソンWILLIE NELSON のスタンダードをうたったアルバムでも聴けますし、レイ・コニフ・シンガーズRAY CONNIFF でも。

また、マイナーチューンで日本人好みということもあって、日本のアーチストもレパートリーにしています。演奏ではヴァイオリンの寺井尚子、トランペットの市原ひかり
ヴォーカルもいろいろなシンガーがうたっていますが、めずらしいのはちあきなおみ
「愛の形見」という邦題で、
♪過去から逃げ出しても あなたのぬくもり忘れても
 影のようについてくるの 愛の形見なんか何もない
という日本語詞でうたっています。残念ながらイヤリングも耳飾りも出てきませんが。

男性歌手では西城秀樹がが。
♪今夜二人は 恋に落ちると 囁くのさゴールデン・イヤリング 君の代わりに
とうたっております。

さらに桜田淳子まで……。と思いきやこれは「ゴールデン・イヤリング」という別の歌。
いかにも昭和50年代のアイドル歌謡というノリのいい楽曲で、冒頭のエピソードとカスるところがあり、彼と別れた女の娘が、ひとつ無くしてしまった想い出のイヤリングの片割れをつけてみるという悲しい話。

また杏里には「イヤリング」があり、その中で
♪悲しい想いそっとほどくように 開けたpresent 金色のearring
と出てきます。
元彼からゴールデン・イヤリングを贈られるという“女ごころは複雑ねストーリー”。

そのほか金かどうかは不明という「イヤリングの歌」はいくつかありますが、個人的に好きなのはタコの、いや以下の3曲。


「シルエット・ロマンス」大橋純子
♪無意識にイヤリング 気づいたらはずしてた
この歌は秘めた情熱って感じですから、金ではなくて赤ではないでしょうか。

「プレゼント」ジッタ・リンジン
♪あなたがわたしにくれたもの ヒステリックなイヤリング
これも金じゃないなぁ。ヒステリックなって? たとえば鋭角的な幾何学形で色は赤、青、黄なんかの原色のポップ調とかね。

「トンテンカン・ロック」浜村美智子
♪粋なスタイル デニムのズボン パーマにはちまき イヤリング
半世紀以上前の古い歌です。
主人公は今でいうガテン系、鍛冶屋の娘なのです。鍛冶屋ってわからないかもね。
父親と仕事中、誘いに来た彼氏も手伝わせるという、まさに“鉄女”。
そんな彼女の耳に揺れているのは何んとなくゴールデン・イヤリング。

イヤリング、いまでもあるのでしょうけど、主力はピアスでしょうね。
イヤリングもピアスも古代エジプトからの歴史がある(男女とも)というからたいしたものです。日本でも太古の昔はあったようですが、戦国時代はおろか丁髷時代でもつけていたという話は聞いたことがない。
おそらく女性がイヤリングをつけはじめたのは明治時代から。そしてピアスになったのは昭和も50年代に入ってからではないでしょうか。もちろんはじめは女性だけ。

それが男もするようになったのは昭和の終わりから平成のはじめ頃でしょうか。いまではかなりの数の若い男性が耳を飾っています。いや40代、50代でもやってる。
まぁ、いいですけど、いいオヤジが鏡を見ながらつけたりはずしたりという光景はあまり見たくないもんだ。

それでもやはり男の場合、まだカジュアルなオシャレなんでしょうね。ネクタイ、スーツにキラリとピアス、なんてサラリーマン、ほとんど見かけませんから。自由業とか水商売とかファッション業界などは別ですが。

女性の場合は一般の企業でもOKなんでしょ。だったら男女平等の立場から男だっていいじゃないですか。ねえ。

そのうち、サラリーマンもピアスして、アイラインいれて、半袖のワイシャツからのぞく二の腕にはタトゥーなんてね。


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BLACK/黒百合 [color sensation]

真知子巻き.jpg

♪黒百合は恋の花 愛する人に捧げれば
 二人はいつかは結びつく
 あゝ あははあはは あゝ あははあははは
 この花ニシパにあげようか
 わたしはニシパが 大好きさ
(「黒百合の歌」詞:菊田一夫、曲:古関裕而、歌:織井茂子、昭和28年)

「黒い花」といってまっさきに思い浮かぶのは「黒百合」ではないでしょうか。
学名がフリテラリア・カムチャックスという長たらしい名前で石川県の県花にもなっています。その花言葉のひとつが「呪い」というから恐ろしい。

またアイヌには「好きな人が知らないうちに黒百合を渡すことができれば、その人と結ばれる」という伝説があるのだと。

その伝説をヒントに作られたのが織井茂子がうたってヒットした「黒百合の歌」
まだテレビが存在しなかった昭和20年代、一世を風靡した映画の主題歌。それが「君の名は」

「ハルキとマチコ」といっても演歌デュオのことではござんせん。
後宮春樹と氏家真知子。当時は“超有名人”だったが、今の若い人はおそらく知らない。これも時の流れのなせるわざ。で、それは「君の名は」の主人公二人の名前。

「君の名は」がはじめにブレイクしたのはNHKのラジオドラマによって。
パソコン、ケータイはもちろん、テレビすら存在しなかった昭和27年の4月に、そのメロドラマは始まったのです。

舞台は昭和20年、戦時中の東京。米軍による空襲に逃げ惑う市民。その中に運命的な出会いをする春樹と真知子がいました。2人は助け合い戦火を逃れる。そして互いに離れがたいものを感じ、来年この数寄屋橋の上で再会することを誓いながら別れることに。そのとき春樹が訪ねる。「君の名は」と。しかし真知子は自分の名を告げずに群衆の中に消えてしまう。ドラマですねぇ。

というプロローグがあって話はハラハラドキドキのすれ違いを繰り返していくことに。そんなラヴストーリーに、結婚を余儀なくされた真知子への姑の嫁いじめや薄情な夫がからんで、典型的な涙と怒りのメロドラマとして展開していくのです。

さらにドラマの舞台が数寄屋橋から佐渡島、北海道、志摩と日本各地に移っていくのだから聞いているものを飽きさせない。これも一カ所限定でリスナーを飽きさせてはいけないという長編ドラマのイロハ。

「忘却とは忘れ去ることなり。忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ」
というNHK放送劇団所属の鎌田弥恵のナレーションは「君の名は」のキャッチフレーズのように後々まで語られましたっけ。今じゃ「何それ?」でしょうが。

ラジオドラマ「君の名は」は結局約2年間、98話が放送されたそうです。
脚本は菊田一夫、声優は春樹に北沢彪、真知子が阿里道子。音楽を担当した古関裕而の哀切をたたえたハモンドオルガンがドラマを盛り上げていました。講釈師のようなことを言っております。

放送開始からしばらくしてドラマは大ブレイク。
その年の末には早くも映画が作られることに。いまだドラマ放送中で、今なら考えられないことが。いずれにせよ、この映画公開によってさらに「君の名は」は日本の津々浦々まで知られることになるわけです。

キャストは春樹が佐田啓二、真知子が岸恵子。この若手俳優たちも「君の名は」によって全国区のスターとなりにけりでした。

「君の名は」が社会現象になったということで、よくいわれるのがドラマの放送時間中、「銭湯がガラ空きになった」という話。
これは多分に制作側が流したデマだったということになっているが、聴取率が50%あまりあったということから「ガラガラ」というのは誇張にしても、あながちデタラメでもないのかも。その代わり、放送時間の前後はいつもより混んでいたのでしょうが。

結局、映画「君の名は」3作つくられ、当時の多くの映画がそうであったようにそれぞれに主題歌や挿入歌がつくられることに。それが以下のとおりで、すべて作詞・菊田一夫、作曲・古関裕而。

第1部 「君の名は」織井茂子、「君いとしき人よ」伊藤久男
第2部 「黒百合の歌」織井茂子、「花のいのちは」岸恵子、岡本敦郎
第3部 「数寄屋橋エレジー」伊藤久男、「綾の歌」淡島千景、「忘れ得ぬ人」伊藤久男、「君は遥かな」佐田啓二、織井茂子

ちなみにラジオでは主題歌の「君の名は」だけで、うたったのは織井茂子ではなく声楽家の高柳二葉
映画でつかわれた歌はすべてレコード化され、岸恵子、淡島千景、佐田啓二らの俳優の貴重な歌声を聴けることに。

そんな中でいまでもナツメロとしてしばしば耳にするのは「君の名は」と「黒百合の歌」でしょう。残念ながら織井茂子は平成8年に亡くなってしまいましたが。

いつもながらとってつけたようなそのほかの「黒百合」の歌を。
♪黒百合の花にも似て この心ぞさびしけれ 「黒百合の花」佐藤千夜子
昭和4年のトーチソング。作詞作曲は時雨音羽佐々紅華「君恋し」コンビ。

♪黒いユリが 月の照る夜に咲くという 遠い故郷…… 「黒いユリ」山口淑子
昭和28年、山口淑子が主演した東宝映画「抱擁」の主題歌。
格調高い曲は芥川也寸志、作詞は岩谷時子

こんなのも。
♪誰も知らない空の彼方に 黒ゆりの花咲く美しい村……「黒ゆりの詩」スパイダース
サイケ調の曲はかまやつひろし、詞は橋本淳のメルヘンタッチというミスマッチ。GSにメルヘンはつきものだけど、和風というか抒情的なタイトルはこれまたミスマッチ。

また、聴いたことはありませんが以下のような歌もありました。
「あの娘黒百合」マヒナスターズ
「愛しい黒百合」河野真佐子

「君の名は」は空襲下の出会いから恋が芽生え、すれ違いのドラマが展開されるというアメリカ映画「哀愁」からヒントを得ているとか、「すれ違い」、「全国展開」が戦前の「愛染かつら」と同じという指摘もありますが、日本人が好む典型的なメロドラマであることは、その後何度もテレビ、ラジオでドラマ化されていることでもわかります。

ところで「君の名は」が社会現象を引き起こした例として、“銭湯空っぽ事件”と同じように言われ書かれているのが「真知子巻き」の流行。

ヒロイン真知子のストールの巻き方で、頬かむり(もっと違う表現ないのかね)のようにして首に巻くというスタイル。

服飾史の本をみると「真知子巻きが大流行」と書かれているし、風俗史の本にいたっては「全国津々浦々でにわか真知子が氾濫した」などとセンセーショナルに書かれています。

でも本当かな。ホントに当時大流行、氾濫したのかな。

たしかにいつの世もスター、アイドルを真似るミーハーはいるもので、真知子巻きをしながら数寄屋橋を行き来したお嬢さん方がいたことは想像できますし、BG(古いね)らしき真知子巻き嬢が東京の街を闊歩している当時の写真を見たことも。

しかし、全国的大流行というからには、何人もの真知子巻きが写っているワンショットとか(上の写真だって3人目は真知子巻きじゃないよね)、地方都市での真知子さんたちの写真があってもいいんじゃないの。「あの年の銀座を歩く若い女性はほとんど真知子巻きでネェ」なんて当時のモボの証言でもいいよね。

そういうものを見たり読んだりしたことがなく、ただ「大流行した」なんて言われてもなぁ……。あんな情報の拡散しにくい時代にホントかね、と猜疑心も。なにしろマスコミ表現の「針小棒大主義」というかセンセーショナリズムは今も昔もだもの。


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