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●歌謡曲が聴こえる②青空 [books]

隅田川お化け煙突s29.jpg

♪ 赤いリンゴに くちびるよせて
  だまって見ていた 青い空

今日は素晴らしい青空でした。公園のさくらも三分四分。
街の様子は大きく変わっても、青い空は70年経っても変わらない。
でも、その果てしない青を見ていた70年前の日本人たちの気持ちは、平成の現代人よりははるかに幸福感に満ち溢れていたのではないでしょうか。

片岡義男の「歌謡曲が聴こえる」にも書かれていましたが、このサトウハチローの書いた「リンゴの唄」、実は戦争中に書かれていたということ。
モノトーンに塗り込められた戦時中に、かくも色彩鮮やかな歌詞をよく書けたものです。当然のごとく、国家の検閲により不許可となったようですが。

それが詩人の執念で、戦後日の目をみることになったのですが、まるで終戦を予測していたようなこの歌詞は、いっそう輝いて聴こえてきます。

今回注目したいのは「赤いリンゴ」ではなくだまって見ていた「青い空」のほう。

この歌に色は赤と青の2色しかでてきませんが、それなのに歌のイメージはとてもカラフルです。このふたつの色で戦争が終わった幸福感と、多くのものを失ったけれど明るく前向きに生きていこうという強い気持ちがうたわれています。

とりわけ「青い空」あるいは「青空」は、戦後の歌謡曲のなかで幸福感、充実感のキーワードとして多用されていきます。
ではその青空ソング3曲を。

青春のパラダイス 岡晴夫

「リンゴの唄」と同じ敗戦まもない昭和21年に世に出た歌で、マイナー調ですが、その歌詞(空は青く)とともに戦後の幸福感や青春の躍動感が伝わってきます。
片岡義男の「歌謡曲が聴こえる」にもたびたび出てくるこの曲ですが、うたった岡晴夫は、戦前からの歌手。戦後になって大ブレークしました。「啼くな小鳩よ」とか「憧れのハワイ航路」……いつ聴いてもいいなぁ。
女性人気ということでいえば、この岡晴夫、近江俊郎、田端義夫が三大男性若手人気シンガーではなかったでしょうか。(まだ未生のくせに適当なこと言ってます)

作曲はバンドマスターだった福島正二、作詞はのちにビクターの専属となり、三浦洸一の「落葉しぐれ」や40年代になって青江三奈の「長崎ブルース」や「池袋の夜」を書いた吉川静夫。

そのほか昭和20年代前中半の“青空ソング”には「黒いパイプ」(二葉あき子、近江俊郎)、「かりそめの恋」(三條町子)、「ニコライの鐘」(藤山一郎)、「別れの磯千鳥」(近江俊郎)などがあります。それから8年後、ようやく戦後脱却の兆しが見えてきた昭和29年に発表された、対照的な印象の青空ソング2曲を。

高原列車は行く 岡本敦郎

岡本敦郎のまるで教科書のような歌唱は、音大出身で音楽教師のキャリアありということならうなづけます。デビュー曲も唱歌としてもうたわれたNHKのラジオ歌謡「朝はどこから」。

25年にはその後、「うたごえ喫茶」でも人気レパートリーとなる「白い花の咲く頃」がヒット。
しかし、彼の最大のヒット曲はこの「高原列車は行く」。

この歌の空は「明るい青空」。
その下には緑の牧場があり、カラフルな花束がある。また、白樺林や山百合、さらには緑の谷間に、五色のみずうみまで登場する。黒や灰色は出てこない。
まさに若さと躍動感に満ちた青春讃歌。

この歌が巷に流れていたころ、わたしは生存しておりました。
しかし当時の流行歌はヒット曲になればなるほど“寿命”が長かった。2年3年は平気でラジオから聴こえていました。
わたしが聴いたのはおそらく昭和も30年を過ぎてからだと思います。
それも下品な替え歌で(結構気に入ってマイレパートリーにしておりました)。

昭和29年といえば、あとすこしで学者に「もはや戦後ではない」と言わしめた頃。
だからこそ、こんなディスカヴァージャパンのさきがけの様な歌が大ヒットしたのでしょうか。レジャーブームが到来するにはあと数年を要するわけですが、もはやその兆しがあらわれていました。

当時の旅行といえば、飛行機、マイカーは論外でほとんど汽車。
運よく旅人となった野郎どもは、その車窓の向こうに田園風景が広がると、無意識に「牧場の乙女」を探していたのではないでしょうか。そして、花束なんかを期待しちゃったのではないでしょうか。余計なことを言ってしまいました。

東京ワルツ 千代田照子
最後の青空ソングにも花束がでてきます。
ただし、牧場の乙女が摘んで束ねた爽やかなものではなく、高価な花の数々をセロファンで包んだ商用。花の香りとともにちょっと欲望の香りもただよっていたりして。
それもなぜか道端に投げ捨てられ、さらに夜の雨に打ちひしがれているという理由ありの花束。

3曲目の「青空ソング」は「高原列車」とは趣の異なる、大人のムードの名曲。

「東京ワルツ」は何度もとりあげているので、重複をさけますが、全体には戦争がほぼ一昔前になってしまった時代の、東京のナイトライフがうたわれています。

ただ、夜とはいえこの歌もやはり、その色彩は鮮やか。
燃える夜空 ネオン 花束 七色の雨 キャバレーの虹の灯 青い靄 星空
という具合に。

そして「青空」は2番に出てきます。
場所は丸の内あたりのオフィス街。彼はサラリーマン、彼女BGでもちろん恋人同士。
そんなふたりが、昼休み、頬寄せあいながら事務所の窓から外の青空を眺め、今度の休日のことかなんかを話し合っているというシーン。

1番、3番のナイトライフに挟まれて映画の回想シーンのような2番がとても利いています。ちなみに2番の歌詞に出てくる「ビル」、「窓」、「広場」は当時の都会をあらわすキーワード。

最後にまたまた図々しくマイ・フェヴァリット「青空ソング」を。

ちょっとイレギュラーになりますが昭和15年、つまり戦前の歌を。
まだ戦火が激しくなる前で、こんな純情ソングがありました。
「森の小径」は「東京ワルツ」と同じ若いふたりの物語。
「東京ワルツ」ではいささかアプレ感もありまして、若いふたりは周囲にはばかることなく頬を寄せて青空を見ております。

一方「男女席を同じうせず」時代のふたりは、触れるか触れないかの肩を寄せるのが精いっぱい。彼女は涙ぐみうつむいているだけ。彼は胸苦しくなって青い空を仰いだ。という遠く懐かしい初恋ストーリー。ハワイアンが泣かせます。


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