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●フレンチ・ポップス①イエイエ [noisy life]

シルビー・ヴァルタン.jpg

ついにといいますか、やっぱね、といいますか、日本敗退でした。

正直モハメド・アリがジョージ・フォアマンをKOしたあの“キンシャサの奇跡”のサッカー版を期待していないことはなかったのですが。

まあ、冷静に考えれば予想どおりといいますか、FIFAランクどおりの順位でした。

でも、選手たちは気の毒になるほど落ち込んでいましたが全般的には格上の国相手に健闘したといえるのではないでしょうか。
とりわけひとり退場で優位にたったとはいえ、ギリシア戦はカウンターもとられずによく引分けにもちこんだと思います。

個人的には本田と内田の動きのよさが印象に残りました。反対に精彩を欠いた選手もいましたが……。それはいいでしょう。自身がいちばんわかっているはずですから。まあ期待が大きかった、ということもありますし。

いちばんガッカリしたのは、一部のテレビ解説者。日本に対する身びいきにもほどがある。
テレビ側からの要求があったとしても、あの予想はひどい。
とりわけポルトガル戦。主力選手温存は予想されましたが、それでも3―1だの2―0だので日本が勝つとは。海外事情をしらないファンは本気にしてしまう。ほとんどの試合でそうした予想なのですから、ファンをバカにしていると思われても仕方がない。

元サッカー選手としてのプライドはないのでしょうか。
こんな“節穴予想”をしていたのでは、彼らの今後のサッカー解説者あるいはサッカージャーナリストとしてのキャリアにとってもマイナス。

クールダウン。

日本の敗退も残念でしたが、わがイタリアまで敗退。なんたることをサンタルチア(古い!)。

イタリアのワールドカップが終わったので、イタリアンポップスも幕として、やはり60年代から70年代にかけて洋楽ファンを楽しませてくれたフレンチ・ポップスへ行くことに。

当時もっとも日本の音楽ファンに支持されたフランスのシンガーといえば誰でしょうか。
異論はあるかもしれませんが、わたしの周囲ではシルビー・バルタン(シルヴィ・ヴァルタン)だったような。

可愛いというより、さすがファッションの国のアイドルという感じで、カッコよかった。女優のミレーユ・ダルクともどもスレンダーなアイドルでした。
歌はもちろん「アイドルを探せ」

原題は「ダンスパーティでいちばん綺麗な私」というような意味。
それがなんでこのような邦題になったのか。アイドルという言葉がこの頃からいわれはじめたような気がします。

そんな新しい言葉をつかってタイトル、および詞をつくったのは安井かずみ。カヴァーしたのはザ・ピーナッツと中尾ミエ。レコード会社はキングとビクターと違っていましたが、歌詞はどちらもおなじみの
♪恋のよろこびに かがやいている
という安井作品。
ちなみに原題の詞はシャルル・アズナブール。

ところでいまではフレンチ・ポップスといいますが、当時(1960年代半ば)はたしてそうした言い方をしたのかどうだか。記憶があいまいです。
戦後、とりわけ1950年代には一大シャンソン・ブームが起こった。このシャソンという言い方も、多分日本では戦後からで、戦前はジャズに一括りされていたのではないでしょうか。それはともかく。

60年代のカバーポップス全盛期にはやっぱりまだシャンソンと言っていたのではないでしょうか。

そういえばこんなポップスもありました。
「夢見るシャンソン人形」フランス・ギャル

これは日本でもヒットしました。
つくったのはマルチ・アーチストのセルジュ・ゲンズブールで、原題は「ぬけがらの蝋人形」。歌詞もゲンズブールらしい、いささか棘のあるもののようです。

中尾ミエ、伊東ゆかり、ミッチー・サハラ、越路吹雪、弘田三枝子など多くの日本人シンガーにカヴァーされました。最近ではクミコもうたっています。

ゲンズブールはシンガーソングライターで自分でも歌いましたが、日本では作詞作曲者としての方がいい作品を残しています。
1967年のヒット曲でフランソワ・アルディがうたった「さよならを教えて」もそう。

最後のシンガーは可愛いというより大人の女の雰囲気が魅力的だったそのフランソワ・アルディ。まあいまではあまりつかわれませんけど、“粋なおんな”でした。

最後の曲は彼女の「さよならを教えて」ではなく、同じ年にうたった「もう森へなんか行かない」

この歌はもともと男性シンガーソングライター、ギイ・ボンタンペリがうたったもので、歌詞の彼を彼女に変えてフランソワ・アルディがうたいました。

さすがシャンソン、いやフレンチ・ポップスで、その詞も(ネットで訳詞をみたのですが)、
「わたしの青春が駆け足で去って行く」とか「きこりが二十歳のわたしを刈り取る」とかとても詩的です。

日本でブレイクしたのはそれから約10年後に、テレビドラマのテーマソングになったことによってでした。
そんなわけですから、当時カヴァーした日本人シンガーはいません(多分)。
いまはクミコが自身で作詞(かなり原詩にそって)して歌っています。
そのまま“男歌”としているのが日本的。またこの暗さはどこか森田童子を連想(とくに冒頭)してしまいました。

ところで、ワールドカップはまだ続いていますし、これからが佳境です。
準決勝、決勝とハイレベルでドラマチックなゲームが見られることを期待しております。
もちろん応援するのはわが青春のフランス、ということに(節操なし)。
まだしばらく仏蘭西流行歌をやりたいのですが、応援したとたんに負けたりして。


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